ローカル5Gが作り出す未来
日本は世界的なDXの波に乗り遅れ、IT活用で他国に大きく遅れをとっていることが明白になった。ようやくデジタル庁の設置などにより、ITやデジタルの活用に本腰を入れようとしている。そうしたITやデジタルの活用に必要不可欠なものが、通信インフラの整備だ。企業や自治体は、ローカル5Gを導入することで、限られたエリアで安全に高速大容量、かつ超低遅延の通信インフラが活用できる。それによってどのような課題を解決し、どのような未来像を描こうとしているのだろうか。
パブリック5Gでは実現できないローカル5Gの可能性
5Gは、2020年にサービス提供がスタートしたが、2021年からSA(スタンドアローン)と呼ばれる本命の5G通信サービスが登場する。NTTドコモやKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルといった、いわゆる「パブリック5G」のワイヤレスインフラとサービスを提供する携帯通信キャリア4社は、2021年度中のSA化を計画しており、5Gならではのソリューションビジネスが本格化していくことになりそうだ。
その一方で、企業ユーザーはURLLC(超高信頼かつ低遅延な無線通信)やネットワークスライシング(接続やサービスの用途別に割り振ることができる優先制御機能)といった要素技術の実現に期待しているが、それにはまだ少し時間が掛かりそうだ。また、企業ユーザーはデータ守秘性の観点から、公共の通信サービスへの依存は極力避けたい。
こうしたことから、現時点では日本国内における企業向けの5G導入に関しては、携帯通信キャリアのみが扱えるパブリック5Gよりも、5Gの無線技術を使ってセルラー通信ネットワークを企業ユーザーに開放する「ローカル5G」に強い関心が集まっている。組織のニーズに対応する自前の5G通信が普及していくことで、より独創的なアイディアや、エリアニーズにマッチした新たなサービスが生まれることが想像できる。
企業ユーザーが積極的にローカル5Gを導入するには、まだコスト面や運用面などさまざまな課題も多い。しかし、エリアを限定した安全性の高いワイヤレスネットワークが普及することで、パブリック5Gでは実現できない新しいサービスが提供でき、さまざまな社会課題に解決に繋がっていくかもしれない。
2020年度の地域課題解決型ローカル5G実現に向けた開発実証の概要
(出典:総務省)
人材不足が深刻化する産業分野支援するローカル5G
少子高齢化の影響によって、就労人口の減少が進む日本の製造現場では、若手就業者や熟練技能者の減少が深刻であり、対策が急務となっている。また、製造現場では近年の消費ニーズの変化によって多種少量生産が求められ、生産ラインをフレキシブルに変更できるようにする必要がある。こういった課題を抱える製造業の現場にローカル5Gを導入すれば、AGVなどのロボットを活用した業務自動化と遠隔支援による作業効率化で、労働力不足が解消される。そして、ローカル5Gによる工場内の通信無線化によって柔軟に生産ラインを変更でき、膨大な機器データも安定して収集・制御できる。
一方、若手就業者や熟練技能者の減少は、建設現場においても深刻な課題であり対策が急務だ。そして、常に危険と隣り合わせているともいえる建設現場では、より高い安全性の確保が追求される。そこに、超高速大容量な通信環境をスポット的に構築できるローカル5Gを導入すれば、高精細映像伝送によって、遠隔から複数の重機の操作や自律運転の指示が可能になり、現場の作業効率と安全性の向上が実現できる。
そして、農業を含めた第一次産業でも、以前から若手就農者や熟練技能者の減少が続いている。そこにローカル5Gを導入すれば、スマートグラスとAIの活用によって、熟練技能者から若手就農者へ匠の技が伝承できる。また、大容量通信が可能なローカル5Gによって、熟練技能者は自宅から複数の作業者に対しても、高解像度映像や低遅延通信によるリアルタイムでの作業指示が可能になる。近年目立ってきた、農作物の盗難被害に対しても、ローカル5Gで接続されたIoTセンサーや4Kカメラの活用によって対策を取ることができる。
農業におけるローカル5Gの実証イメージ
(出典:総務省)
エンターテイメントや観光産業を活性化するローカル5G
ローカル5Gを大規模スタジアムに導入すれば、コンサートやスポーツ観戦において、観客席から臨場感を味わいながら、その場で出演者のプロフィールや選手の成績などの情報を手元のスマートフォンで知ることができる。また、超低遅延な通信環境を活用したローカル5Gによって、遠隔からスタジアムの臨場感を味わえるAR(拡張現実)グラスなどを付ければ、自宅にいながらリアルタイムにコンサートやスポーツ観戦を楽しめる。こうした新しいエンターテイメント体験が提供されればイベントの集客力が強化され、エンターテイメント業界全体の活性化に繋がる。
観光分野でも、地域資源を活用した滞在型コンテンツが作られ、産業振興を図れるようになる。例えば、ARをさらに拡張させたMR(複合現実)を活用することで、文化史跡をより深く理解するデジタルコンテンツを、観光地などを中心にスポット的に提供できるようになる。さらに、高速大容量な通信環境を実現するローカル5Gならば、複数の体験者が同時に新たな歴史文化体験を味わえる。
観光分野におけるローカル5Gの実証のイメージ
(出典:総務省)
私たちの生活を支えてくれるローカル5G
地域の学校においても、少子化による分散化、教員不足が教育現場における課題の1つになっている。学校でも大容量通信が可能なローカル5Gを導入すれば4K映像による仮想空間が実現され、複数校舎による遠隔合同授業の実施など、環境に依存しない公平な学びの場が提供できる。また、他の学校や企業などもネットワークでつなげば、さまざまな人が集まれるようになり、多様性のある学びの場の創出や教員のスキル共有なども図れる。さらに、これまではコストや場所、危険性などによって難しかった理科の実験授業や社会体験なども、ローカル5GとVR(仮想現実)を組み合わせることで、教育に取り入れていけるようになる。
自然環境に恵まれながらも、年中大災害への備えを欠かせない日本では、災害時の住民への情報伝達が限定的であるなど、地域防災における課題解決が急務になっている。そこで、地域住民に対して、ローカル5Gの大容量通信とリアルタイム映像の配信を提供し、避難意識の向上や避難行動の推進をする。また河川に設置された高精細カメラから24時間送られている水位情報などを、住民がいつでも自宅で見られるようになれば、非常時における情報発信が迅速に行え、情報の錯綜が避けられる。
防災業務におけるローカル5Gの実証のイメージ
(出典:総務省)
中小企業に向けたローカル5Gの導入支援も
このように、さまざまな産業分野や日常生活における課題の解決にも期待が高まるローカル5Gだが、例えば日本の製造業の99%を占めるといわれている中小工場などでは、自前でローカル5Gを導入するにはコストの壁が大きすぎる。
そこで、東京都では中小企業振興公社が、工場のスマート化を図る中小企業者等に対して、ローカル5Gの導入や運用に必要となる経費の一部を助成する、「5Gによる工場のスマート化モデル事業」を募集した。その導入成果を広く情報発信することで、都内でものづくりに関わる中小企業の生産性向上や、ビジネスモデルの革新などを促進しようとしている。
事業では、2020年12月から2021年2月までの応募受付によって、メッキ加工のヱビナ電化工業や大森クローム工業、パイプ曲げ・板金加工の武州工業の3社が採択された。高精細カメラとAIを使い、作業現場の遠隔管理やリモートによる人材育成に取り組むヱビナ電化工業では、3年間で基地局設置やシステム運用などの費用の5分の4、最大で1億2000万円が助成される。
こうしたローカル5Gの導入に関する支援は東京都以外にも、岐阜県や兵庫県など、複数の自治体で用意されている。すでに募集を終了した所もあるが、ローカル5Gを導入することで具体的に解決できそうな課題があるならば、いろいろな助成について調べて見るとよいだろう。
ヱビナ電化工業株式会社 | 大田区 | 自社カメラ、センサーへのローカル5G活用による生産性の向上 |
大森クローム工業株式会社 | 大田区 | 自作検査機器へのローカル5G活用による生産性の向上と品質保証の明確化 |
武州工業株式会社 | 武蔵村山市 | AI画像検査機のクラウド化による分析技術の多様化 |
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