宇宙から育てられた青森のおいしいお米
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地方独立行政法人青森県産業技術センター
農林総合研究所 スマート農業推進室 室長 - 境谷 栄二
日本の食文化の中心であり、私たちの食生活を支えている米。昔と比べ、さまざまな作業が機械化されることで農作業の手間は減ってきたが、おいしい米を作るノウハウまではなかなか機械化できていない。そこで注目されているのが、宇宙を利用した米作りだ。人工衛星からの画像データを活用して、おいしい米作りのための情報を農家に提供している青森県産業技術センターの境谷栄二氏に、その取り組みについて伺ってみた。
適切な収穫タイミングや肥料の量がおいしい米を作る
青森米初となった、「特A」ランクの食味を取得したブランド米「青天の霹靂」は、2 015年に津軽地方からデビューした新品種。その誕生には、青森県産業技術センターが約10年の歳月を費やし、選抜・育成に関わってきた。「青天の霹靂」の品質維持に欠かせないのが、人工衛星からの画像データの活用だ。
(写真1)地方独立行政法人青森県産業技術センター 農林総合研究所
スマート農業推進室 室長 境谷栄二氏
そもそも、おいしい米とはどのようにして作られるのか。そこには、米の生産管理が重要になると境谷氏は語る。主なポイントは、「適時に収穫すること」「適切な量の肥料を与えること」「水田を選ぶこと」の3つ。米は5月頃に田植えをして9月に収穫するが、適切な収穫時期を逃すと米粒が割れて食感が悪くなり味に影響を与える。
米のおいしさには、タンパク質の含有率も大きく影響する。タンパク質の含有率が低い米は粘りがあり、柔らかくておいしくなる。その含有率を決めるのが、肥料の量と水田の土壌だ。「米を栽培する際に肥料を多く与え過ぎると、タンパク質の含有率が高くなります。水田の土の性質によっても、タンパク質の含有率の高まりやすさに違いがでます」(境谷氏)。
(図1)おいしい米を作るポイントは3つ
(出典:青森県産業技術センター)
おいしい米を作るための適切な収穫時期と肥料の量、水田の土壌は、その年の天候や気温変化などの自然環境に依存しているため見極めが難しい。また農家は、高齢でリタイヤした、他の農家の水田も引き継ぐことが多い。そのため、農家当たりの栽培面積が年々増えていき、負担も大きくなっている。
そこで青森県産業技術センターでは、人工衛星から撮影した水田の画像データとICTシステムを活用して、農家に対して水田1枚ごとにきめ細かい生産指導ができる仕組みを構築した。
人工衛星の画像データを色で解析
青森県産業技術センターは、青森県の産業振興・発展をめざし「工業」、「農業」、「水産」、「食品加工」の4部門からなる研究所を統合した研究機関だ。人工衛星の活用と農業の収穫支援を結びつけることで、まさに分野横断的な研究開発の取り組みを進めている。
(図2)青森県産業技術センターが水田ごとに情報をデータ化
(出典:青森県産業技術センター)
人工衛星からの画像はどのようにデータ化され、どのようにおいしい米作りに役立っているのだろうか。衛星画像からデータ化しているのは、水田の色の情報だ。例えば、収穫時期は稲の色を見れば判定できる。「8月上旬の穂が出る時期は稲がまだ緑色ですが、9月中旬から下旬の収穫時期にかけて黄金色に変化していきます。その変化と、日々の気温のデータをもとに、もっとも収穫に適した日を割り出します」(境谷氏)。
肥料の使用量の調整に利用されるのが、稲の色から推定されるタンパク質の含有率と稲の大きさだ。「タンパク質が高くなりやすい稲ほど緑色が濃くなり、稲の大きさは近赤外線の反射の大小によって判断できます。また、土壌の状態は、田植直後の土の色の濃さによって判断します。これらのデータをもとに、その水田に適切な肥料の量を決めます」(境谷氏)。
(図3)収穫時期やタンパク質の含有量、稲の大きさ、土壌の状態を衛星画像から解析する
(出典:青森県産業技術センター)
水田の状況を空から観測するだけなら、セスナやドローンを利用する方法もある。水田の状況把握に、人工衛星からの画像データを利用するメリットはどこにあるのか。例えば、セスナでは1回の飛行で撮影できる範囲は
100平方キロメートルくらいだし、ドローンならばその範囲はさらに狭くなる。したがって、「青天の霹靂」を栽培している3,000平方キロメートルのエリア内の水田の状態を全て把握するには何度も飛行する必要があり、その都度コストがかさんでいく。「人工衛星ならば、それくらいの面積ならば一度で十分撮影できるので、コストも時間も大きく節約できるのです」(境谷氏)。
(写真2) 田植え後の水田の様子
農家への指導に利用されるICTシステム「青天ナビ」
青森県産業技術センターでは、津軽地域の13市町村を含む3,000平方キロメートルを撮影した衛星画像を購入し、稲穂や土壌の色の変化をデータ化した情報を分析。その結果をもとに指導員が、「青天の霹靂」を栽培している約8,000枚の水田1つ1つについて、収穫日や稲に与える肥料の量(施肥量)を農家に伝えている。そこには、2019年に独自開発したICTシステム「青天ナビ」が利用されている。
(図4)農家が直接情報を見て収穫日や施肥量を決められる「青天ナビ」
(出典:青森県産業技術センター)
ところが、コロナ禍によって、それまで対面で行っていた指導員による農家の指導が制限されるようになった。この先、さらにこの状況が続いても、おいしい米を作るための農家への指導を欠かせるわけにはいかない。一方で、最近では兼業農家の割合が増加し、平日は別の仕事をしているので指導を受ける時間がとれないことも増えてきた。
そこで、青森県産業技術センターでは2020年から、農家が直接スマートフォンやパソコンから「青天ナビ」を利用できるようにした。「農家は指導員が来なくても、画面に表示される地図やグラフを使ったアドバイスを見て、自分で収穫日や施肥量を決められるようになりました」(境谷氏)。
セルフレジのようなシステムで農家の負担を軽くする
こうした指導によって、「青天の霹靂」の食味ランキングはデビューから7年連続「特A」ランクを獲得している。またブランド力も向上しており、1俵当たりの単価が15,100円と、同じ地域で作っている品種「まっしぐら」の8,000円と比べ大きく上回っている。「収穫量に関しては、青天ナビの導入前と比べて10a(1,000平方メートル)当たり1.2俵アップしています。こうした効果によって、地域の農家に対する経済効果は11億円になりました」(境谷氏)。
青森県産業技術センターでは、「青天ナビ」の活用が農家の人手不足の解消にも繋がり、働き方改革にも貢献できると考えているようだ。今後指導員が農家に行う指導形態について、境谷氏は「スーパーにあるセルフレジのようなイメージ」と例える。「自分で青天ナビを活用することが基本ですが、すべてをセルフでやるのではなく、わからないことがあれば指導員が電話で教えてくれるのです。農家は好きな時にナビを確認できるし、指導員は多くの農家をサポートできます。」(境谷氏)。
(図5)青天ナビのデータ利用体制
(出典:青森県産業技術センター)
人工衛星を利用した米作りの展望について、境谷氏は「将来は人工衛星の画像データが、稲の生育モニターにも利用できるかもしれません。また、衛星画像の入手コストが下がれば、現在の5~6メートルの解像度のものから、もっと細かい2メートルくらいの解像度の画像を利用して、さらに細かい指導が可能になるかもしれません」と語る。それには、今よりも衛星画像の枚数が増え、1枚当たりのデータ容量も大きくなるだろう。そのためには、データ通信のインフラ整備も重要なテーマになってくるかもしれない。
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