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ICTの活用で動物園の社会的役割を発展させる千葉市動物公園

2023年2月27日
話し手
  • 千葉市動物公園
    園長
  • 鏑木 一誠

子どもと一緒に家族で楽しめる観光スポットとして、水族館と並んで人気の高い動物園。日本の動物園は大半が公立で都や県、市などが運営しているが、「レクリエーション」の場としての娯楽的役割以外にも「種の保存」「調査・研究」「教育・環境教育」といった社会的役割を持っている。そうした公立動物園の取り組みを、ICTの活用によってさらに充実させようとしているのが、千葉市動物公園だ。市の公募によって民間企業の役員から園長として採用された鏑木一誠氏に、ICTを活用した具体的な取り組みについて伺った。

企業での経験が生かせると市の公募に応募

千葉市動物公園は、人間のようなポーズで立ち上がるレッサーパンダ「風太」がいることで大きな話題を呼び、ブーム時には年間約90万人の来場者を集めた。その後、来場者は徐々に減少し、2018年度には約57万人にまで落ち込んでいる。そうした来場者の落ち込みを打開すべく、千葉市は動物公園の園長を公募。全国から30~80歳まで442人の応募があった中から選ばれ、2019年4月に園長として就任した鏑木氏は、前職の東芝でパソコン事業に関わり、シャープ傘下のパソコン事業子会社Dynabookで執行役員を務めたという異色の経歴を持つ。

(写真1)東芝グループを辞して千葉市動物公園の園長に就任した鏑木一誠氏
(写真1)東芝グループを辞して千葉市動物公園の園長に就任した鏑木一誠氏

鏑木氏は大学では文学部で社会学を学んだが、東芝入社時はちょうどパソコンという新たな製品ジャンルが世に出始めた黎明期。本人の希望とは異なるパソコン関連の部署に配属され、「そこから、営業や事業企画の立案などにも関わり、自分で立てた事業計画の旗振りをして、組織全体を動かすようなこともやりました」(鏑木氏)。そうした実績が認められた鏑木氏は、関係会社の役員にも就任し、経営者として事業全体を見ることにも関わってきた。

一方で鏑木氏は50歳を過ぎた頃から、学生時代から興味があった地域コミュニティに関わりたいという気持ちが強くなったという。もともと千葉市出身の鏑木氏が、市が動物公園の園長を募集すると聞いた時は、「自分は動物園とは関わりがなかったし、動物の専門家でもない」と、ぴんとこなかったという。ただ、そこで求められている人材が動物園の再生の旗振り役であると知り、「もともと、生き物が好きでしたし、会社生活で経験したことが少しでも役に立つんではないかと思い応募しました」と語る。

ICTの活用で学びとレクエーションを充実

園長就任当初のコメントで、鏑木氏は「民間企業での事業構築や新規事業の創出、新たな顧客開拓などの経験も生かしつつ、感動、癒やしと憩い、そして学びの場としてのさらなる発展に取り組んでいく」と語っている。実際、東芝グループでICTソリューション事業に関わってきた経験が、どのように動物園の運営に生かされているのだろうか。

鏑木氏は就任直後からさまざま新施策を打ち立て、2019年6月にはICTを活用した動物ガイドの構築に取り組みを始めた。11月には市内の小学校で4年生を対象に、オンライン授業を開催。飼育員がカメラ付のスマートグラスなどウェアラブルデバイスを付け、ハンズフリーの状態でライオンの給餌やレッサーパンダのガイドなどを行い、その映像が教室のモニターに映し出された。園内でも、レッサーパンダの飼育場に飼育員がウェアラブルデバイスを付けて入り、普段見られない飼育員の目線で捉えた動物たちの表情が来園者もモニターで見られた。「オンライン環境でさまざまなウェアラブルデバイスを活用すれば、今まで伝えられなかった場所に、これまでとは違った視点でのコンテンツを届けることができます」(鏑木氏)。

(写真2)ICTを活用した園内での動物解説ガイドと千葉市内の小学校とのオンライン授業の様子(写真提供:千葉市動物公園)
(写真2)ICTを活用した園内での動物解説ガイドと千葉市内の小学校とのオンライン授業の様子
(写真提供:千葉市動物公園)

千葉市動物公園はコロナ禍の緊急事態宣言の影響から、2020年4月8日から5月31日まで休園していた。その間に実証実験が行われた取り組みが、自動運転ロボットを遠隔から操作して園内を散策する「オンライン動物園」だ。5月17日のイベントでは、ZMPの自動運転電動車椅子「RakuRo」に360度ビューカメラを搭載し、動物公園内の草原ゾーン(ミーアキャット、ゾウ、キリン、カンガルー、フラミンゴ、シマウマなど)を、動物の特徴や豆知識を解説しながら周回。パソコンやスマートフォンなどを使った参加者が、自宅からリアルタイムで園内の動物を観察した。さらに、早押し方式で権利を取得した参加者が、カメラでリアルタイム映像を見ながら遠隔操縦(前進、停止、速度調整)した。当日の視聴回数は午前と午後を合わせて約2万回となり、遠隔操作には2千人以上の希望者があったという。また、園内を動くロボットに興味を持った動物もいたようで、ミーアキャットはロボットが周回すると直立不動で眺めるといった行動が見られたという。「来園者が単に動物を見てかわいいと思って終わってしまうのではなく、ロボットというツールの使用をきっかけとして、知的欲求の連鎖を起こさせる仕掛けを作ってみたいと思っています」(鏑木氏)。

(写真3)オンライン動物園で使用された自動運転ロボット(左)と遠隔操縦体験の様子(右)(画面提供:千葉市動物公園)
(写真3)オンライン動物園で使用された自動運転ロボット(左)と遠隔操縦体験の様子(右)
(画面提供:千葉市動物公園)

こうした「ZOOトリップ」と呼ばれる取り組みについて、千葉市動物公園では2023年度以降は恒常的なサービスメニューとして実施していくことを検討している。「自動運転ロボットは動くコンピュータなので、AIと連携させることでさまざまな情報の入出力装置になると考えています。前回の実証実験で園内の3Dマッピングを取得しているので、今後のサービスでは園内どこでも自分で選んだところを巡れるようにします」(鏑木氏)。また、モビリティ自体の時間貸しも検討している。「例えば時間単位で料金を決めて、その間はフルに使えるようにします。それによって、アシストが必要な人に向けた福祉的な側面と、新しい動物園の楽しみ方を提供するサービスという2つの側面から協議を進めています」(鏑木氏)。

種の調査・研究や園内のSDGs貢献にも最新技術を活用

種の生物学的解明や飼育技術の確立に関わる「調査・研究」のカテゴリーでも、最新テクノロジーを積極的に活用しようとしている。例えば、「AIを活用した動物生態の見える化」の取り組みでは、人間のように顔認証ができない動物に対し、全身を捉えて顔や体型などからAIで個体認識し、個々の行動をカテゴライズしてモデル化する。こうして得られたデータを、新しい行動や生態の変化の予知、予測に生かそうとしている。現在、全身が真っ黒のクロザルで実証を進めているが、認識率は60%くらいで、今後はカメラの解像度を上げるなどして認識率を上げていくと いう。「目で見て観察することももちろん大切ですが、目で見えなかったことがデジタルで見えるようになることで、新しい発見にもつながっていくと考えています」(鏑木氏)。

(写真4)個体識別が難しいクロザル(写真提供:千葉市動物公園)
(写真4)個体識別が難しいクロザル
(写真提供:千葉市動物公園)

さらに、SDGsへの取り組みとして、夏場に獣舎や人が集まる屋外空間などを冷やす空調について、冷媒の代わりに敷地内から豊富に供給できる井戸水を生かす取り組みでCO2排出量を75%削減したり、1日300キロにもなる動物たちの糞尿を、菌を使って消滅させる取り組みなども行っている。「今後は、園内で糞尿を収集する車を自動運転させることで、人件費の削減や作業の効率化が図れないかと考えています」(鏑木氏)。

(写真5)井戸水を生かしたスポット空調(写真提供:千葉市動物公園)
(写真5)井戸水を生かしたスポット空調
(写真提供:千葉市動物公園)

企業や研究・教育機関との共創でICTを活用

こうした、最新テクノロジーを活用した取り組みは、さまざまな企業や研究機関との共創に基づいている。鏑木氏は公営施設でICTを活用するにあたっては、外部からの協力を得ることが重要であると考え、東芝時代に得た人脈などを生かして企業や研究機関に声をかけた。「限られた収入しかない公設の動物園単独では、ふんだんな資金調達もできないのでやれることには限りがあります。そういった意味でも、企業や市民の方々と共創の意識を持つことが重要です」(鏑木氏)。

(表)千葉市動物公園が進めている、ICTを活用した企業や研究・教育機関との共創テーマ
(表)千葉市動物公園が進めている、ICTを活用した企業や研究・教育機関との共創テーマ

そして、子どもたちだけでなく幅広い世代に動物園の楽しさや役割を伝えていくためにも、ICTの活用が必須であるという。今後はハードウェア面だけでなくソフトウェアの面でもいろんな層に突き刺さるようなメッセージを発信することで、来園者の満足度を上げていきたいと考えている。

また、動物園に来たことがICTの先端技術について知る機会となり、新しい知的欲求が膨らんでいくことにも期待している。例えば、VRやAR、MRの技術を活用して、スマートゴーグルなどをかけてキリンを見るとその骨格が見えるとか、肉食獣が食事する際の肉を引きちぎる歯の動きが見えるなどを実現する。「言葉では伝わらない動きが、その場でリアルタイムに見られるようになれば、学びの深さがより定着しやすいと思います。動物園に来て、リアルな動物を見ることで癒しや憩いを感じるのもいいと思いますが、ただ寝ている姿を見せるだけでは伝え足りないと思っています。じっとしているところだけでなく、実際に走ったり食べたりといった姿を伝えることも大切で、そのための手段としてICTの活用が有効だと思っています」(鏑木氏)。

鏑木氏は任期が最長で5年の特定任期付職員になるため、園長としての活動期間は2024年3月末までしかない。その間にも、さまざまな新しい取り組みで新しい動物園の姿を見せてもらいたい。

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