AI活用で東大の学習スタイルが大きく変化
- 東京大学大学院 情報学環 教授
- 越塚 登
東京大学は、EdTech連携研究機構を2019年10月1日に設立した。同機構は新しい技術を用いて教育や学習の効率化、質の向上を支援することを目的に、EdTechに関する研究を行っている。では、機構設立から5年が経過した現在、同大学のEdTechの活用はどこまで進んでいるのか。 初代機構長で、EdTechにおけるAIの活用を研究している東京大学大学院 情報学環 越塚 登(こしづか のぼる)教授に聞いた。
(写真)東京大学大学院 情報学環 教授 越塚 登氏
コロナ禍の数カ月で東大の教育環境は一気に変化
──東京大学における、EdTechの活用状況を教えてください
越塚氏:東京大学に関しては、コロナで根本的に変わりました。何十年も変えられなかったことが、たった2ヵ月で変わったという大変化です。2020年の春、他の大学は授業を2ヵ月遅らせる決断をしましたが、東大では4月1日から、全部オンラインで授業をやると宣言しました。当初は、相当試行錯誤して、例えば現場ではヘッドセットやカメラは、ほぼ全種類買って試しました。
最初の数ヵ月は、授業はオンラインで行い、情報を共有するためのWebサイトを学内に立ち上げ、情報交換していました。学生に資料を配る際も、パワポを作って以前からあったLMS(Learning Management System)で共有しました。それ以前はこのサイトは使わない人も多かったのですが、2ヵ月で全員が使うようになり、ビデオ録画にも慣れ、ビデオ教材の作成もどんどん進み、現在は安定しています。
──授業がオンライン化されたことによるメリットはありましたか
越塚氏:オンラインでできると、授業も海外からZoomで行うことができるので、海外出張もどんどん行けるようになり、すごく自由になりました。大学院の場合は、学生も仕事をしている人が多いので、オンラインでやってもらった方が良いという人はたくさんいます。現在はリアルの授業もできるようになったので、互いの良いところを取り入れて、対面でやった方が良いところは対面で行い、オンラインでやった方が良いものは、そのままオンラインになっています。リアルの場合も、事前にビデオを見てもらってから授業を行うといったことが苦労なくできるようになっています。
授業の分散環境も整い、教員が自分の部屋でしゃべり、隣の研究室で学生が聞いているということも普通になっています。学生も学会に行くのでホテルで聞いたりしており、こういった分散環境がコロナ禍で整えられました。
──オンライン授業に対する学生の反応はどうですか
越塚氏:学生は、ビデオで行うのであれば、英語に直せるので(自動翻訳)録画にしてくださいと言っています。学生によっては、ビデオを倍速で見ている人もいます。倍速で見ると半分の時間で済むと言います。オンラインの方が情報の伝達という意味では効率は良いと思います。
また、パワポの活用で授業が効率化されました。板書(黒板に書く)している時間は、教員は何も言わないので、結構無駄な時間でした。板書の時代からパワポの時代になって、授業の進み具合は3倍くらい早くなりました。ただ、それが本当に学習効果につながっているのかは検証が必要ですね。
──オンライン授業のデメリットはないですか
越塚氏:オンラインでやってみて、実は重要だったと気づいたことはたくさんあります。例えば、情報系の学校では、入学すればプログラムを書く必要がありますが、オンラインでは教えられないものもあります。プログラムの得意な人がどれぐらいの速さでキーボードを叩いているのかは、横にいないと分かりません。また、先輩は画面をどのようなレイアウトにしてプログラミングしているのか、横にいて覗けばすぐに分かりますが、オンラインでは分かりません。そのため、オンラインだとプログラミングスキルが育たないと言われることもあります。一旦、プログラミングスキルが確立してしまえば大丈夫ですが、最初は、5時間とか6時間、得意な子の隣にいて、見よう見まねでやったほうがスキルが身に付きます。会社でも新入社員教育はオフラインが良いと言われます。仕事の仕方やオンライン会議のやり方は、横で見て初めてわかります。人によっては、オンライン会議で話しをする際に、コーヒーをこぼさないようにコーヒーの置く位置を変えたりしています。こういった細かな部分を横で見ていることが、相当の情報量だったということが、オンラインをやってみて初めて分かりました。
AI活用のメリット・デメリット
──大学でのAIの活用については、いかがですか
越塚氏:AIが進展したおかげで、留学生はビデオに字幕を付けて見ています。100本の論文を翻訳し、斜め読みしている学生もいます。調べ方も変わってきて、論文検索は全部ネットで行い、図書館には行きません。最近は論文検索AIがあり、「こういう論文が欲しいので世界のベスト10を探してほしい」とリクエストすると、学会で最も引用の多い論文が出てきます。論文を書くときにAIの支援なく文章は書けません。AIは文法チェックも、翻訳もしてくれます。10年前とまったく違います。
AIは、Googleの全文検索が出てきたときと同じくらいのインパクトがあります。コンピュータの使い方が分からないと、以前はGoogleで検索しましたが、今はChatGPTに聞きます。例えば、あるソフトウェアのソースコードをダウンロードしてコンパイルし、コンピュータ上で動かすのは結構大変で、ノウハウがないとできませんでした。Google検索で、良いメモが見つかると、それでようやく動かすことができました。今はChatGPTが全部教えてくれるので、その通りやれば動きます。
イラストを作るのも全部AIです。例えば、シンポジウムを企画する際も、「こんなイメージの絵が欲しい」って言ってAIに作ってもらい、それを挿絵に使えるので、すごく楽になりました。自分の今の研究は、AIなしにはできないという感じです。
──AI活用のデメリットはないですか
越塚氏:AIは文章を書いてくれるので、その文章を論文に含めて使っても良いのかという課題はあります。最後に出す文章を自分の責任で提出するのであれば、生産過程は気にしないという考え方もあり、文章作成に関しては非常に多くのAIが使われています。大学の中でどうやってAIを使うのかというのは、いたちごっこのところもあります。
──AIは教育において、どういった用途で活用できると思いますか
越塚氏:地方に行くと教員が足りない状態ですが、文科省では、個人に応じた教育を目指しています。教員の数が減っているのに、個人に応じたらより大変になります。これを解決するのは、AIしかないと思います。比較的初歩的な学習用ドリルは、今でもすぐに作れると思います。そういったトレーニング的なものは、AIでかなり代替できます。教員が直接作る必要がなくなってくると、教員不足をカバーすることができ、教員はもっと高度なことを教えればよく、そちらに精力を割くことができます。AIが教材を作って人間の代替をする。これが多分、一番期待されているところだと思います。そうすることで、都市と地方の格差を是正することもできると思います。
また、不登校の子供の学習に、AIが良いこともあります。人間関係がうまくいかないのであれば、AIで学習できれば、その子にとってはそれが一番効果的かもしれません。対人関係でストレスを感じるのであれば、訓練はしたほうがよいですが、その人に合った勉強の仕方はあり、新しい選択肢を提供することができます。
──教育において、AIを活用することの弊害はありますか
越塚氏:学生は、最近ノートをとらなくなりました。教材はパワポなので、それを読むだけです。最近の小中高での勉強の様子を見ていると、以前のようにノートを書いていないようです。おそらく自分でノートに書いて、自分で教材を作るより、良い教材が出来上がっているので、その教材を読んで勉強しているのではないでしょうか。最近思うのは、ノートをとるというのは、自分の頭に入れるための作業ではなく、プレゼンテーションの練習だと思っています。未来の自分へプレゼンしているのです。未来の自分を想定して、分かるように書くのがノートでした。ノートに書くのが好きな人は、文字を書くだけではなく、線を引いたり、蛍光ペンを使ったり、丸を書いたり、いろいろ工夫していました。あれは、自分にプレゼンしていたのです。今の子は読むばかりだから、プレゼンテーション能力が下がっています。
板書すると最近、「先生消さないで」と言って、スマホで撮っています。だから全部受け身になっています。受け身で頭に入れると、自分から出す訓練ができません。実はノートを取るのは、出す訓練になっていました。単に頭に入れることだけを効率化すると、出す訓練をする必要はありません。そして、テストに最適化するとアウトプット(プレゼンテーション)の訓練をする必要がありません。だから、アウトプットの訓練が、今の子たちには全くなされていません。以前は、教材がうまくできてないから、それをカバーするためにいろいろな能力が養われました。教材が良くない、教え方が良くない、だから生徒自身でカバーします。そのカバーする作業でいろいろなことが学習できました。受け身で読んだり聞いたりしているだけだと、まるで睡眠学習のようです。
──その課題に対しての対応方法はありますか
越塚氏:AIが出てくることで、テストに最適化する学習ができるようになるのであれば、テストのやり方も、AIで手を入れるとよいかもしれません。自動採点ができるのであれば、○×をやる必要はなく、マークシートもいりません。全部筆記で書きなさいというテストになったら、筆記で書くことに最適化されるので、良くなるかもしれません。
──現在、AIについて、どういう研究をされていますか
越塚氏:研究していることは2つあって、1つは、LLM(大規模言語モデル)の心理学的分析です。LLMは人間として見ると変なやつです。普通に使っているLLMは、話かけたこととは関係ない話をしてくれません。外が明るいね、雨が降ってきたねと話し掛けたりしません。そういうことを言わない人は何か変です。そういう変な人のような主体とずっと付き合っている子供は大丈夫なのかという研究です。LLMに心理テストをやらせると、特定の性格を示しますが、その性格がサイコパスだったら、それを子供に与えてはいけません。LLMに対しては、正解かどうか、ロジックが正しいのかだけに注目していますが、心理学的に正しくなかったら、子供に与えてはいけないと思っています。その心理学的特性の研究をやっています。
もう1つは、個人の進度に合わせて段階的な教材が人工知能でどこまで作れるのかという研究です。その人の状況に合わせて適切な問題を出したり、適切な回答を指導したりするというものです。やはり、最初は褒めてあげないといけない。そういう観点で実用化していく必要があり、私のところで取り組んでいます。
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