• HOME
  • 未来を語る
  • 行政サービスは「申請するもの」から「暮らしに溶け込むもの」へ

行政サービスは「申請するもの」から「暮らしに溶け込むもの」へ

2026年5月25日
話し手
  • 一般社団法人Govtech協会
  • 代表理事
  • 日下光

デジタル庁の発足を契機に、日本の行政DXは新たな段階に入りつつある。オンライン申請やマイナンバーカードの普及によって、行政サービスのデジタル化は一定の前進を見せた。しかし本当に問われているのは、紙を電子に置き換えることではなく、行政と民間の役割を再設計し、住民にとって自然に使えるサービスへと進化させることだ。そうした中、行政と民間が連携し、テクノロジーを活用して公共サービスや行政手続きを高度化するGovtech(ガブテック)の取り組みが注目されている。ガブテック市場の現在地、AI活用、そして5年後の自治体サービスの姿について、Govtech協会代表理事の日下光(くさか ひかる)氏に聞いた。

広がり始めたガブテック市場から生まれたGovtech協会

──Govtech協会設立の背景について教えてください。

一般社団法人Govtech協会 代表理事 日下光氏
一般社団法人Govtech協会 代表理事 日下光氏

日下氏:2022年11月にGovtech協会を設立したのですが、その背景には2021年にデジタル庁が発足し、日本のデジタル政策の司令塔がようやく整ったことがあります。一方で、これから行政のデジタル化が本格化していくと、官と民の役割分担はこれまで以上に曖昧になっていくと感じていました。また、建築や土木の分野であれば、行政が制度設計や許認可を担い、民間が実際の施工を担うという分担が明確です。しかしデジタルの世界では、手続きの対象となるのが引越し、出産・子育て、介護、年金といった生活に密着した分野から、法人の設立、不動産登記まで多岐にわたります。そのため、どの省庁がどこまでの手続きを所管し、どこから先を民間が担うのかが見えにくいのです。

公共分野の新しい仕組みは行政だけでも民間だけでも作れませんし、官民共創のための土台がなければ、本当に使われるサービスは広がりません。Govtech協会はその土台を整えるための団体と考えており、自治体をはじめシステムインテグレーター、クラウドベンダー、アプリケーションベンダー、インフラ関連企業など、多様な顔ぶれが加盟しています。理事にはシビックテックを推進する団体の代表も入っており、他の業界団体との連携も進めています。

──ガブテック市場の現状はどう見ていますか。

日下氏:数年前までは、ガブテックに分類できる事業者や取り組みはそれほど多くありませんでしたが、今は確実に増えています。マイナンバーカードの普及が進み、行政手続きのオンライン化も一通り整ってきました。マイナポータルについても、基盤が整備されつつあります。

本当に重要なのはここからです。これまではサービス単位でのデジタル化でしたが、今後はサービスやデータ同士が滑らかにつながることが求められます。それに関しては民間サービスでは当たり前でも、公共分野ではまだ十分に実現されておらず、データが分断されアナログのまま残る業務も多い状況です。したがって、次のテーマは縦割りを超えてつなぐことだと思っています。

行政サービスを「取りに行く」をなくす

──5年後、自治体の行政サービスはどう変わっていくでしょうか。

日下氏:まず自治体職員が使う内部の業務システムは、標準化が進むことでワークフローそのものが変わっていくと思います。これまでのレガシーなシステムに合わせて業務を組み立てる時代から、新しい業務フローに合わせて働き方を変えていく時代へ移る。役所に行かなければできなかった作業もクラウドやリモートで対応できるようになり、人しか担えなかった仕事の一部をAIが支えるようになるはずです。

一方で住民向けサービスは、さらに変化が大きくなるでしょう。デジタルを活用した手続きも、今は住民がマイナポータルや自治体サイトにアクセスし、自分で探しに行かなければなりません。つまり、行政サービスを取りに行く構造です。これが今後は、日常的に使っている民間アプリの中に行政サービスが埋め込まれていく。例えば子育てアプリを使っている家庭に、「お住まいの地域はこの給付金の対象です。申請しますか」と自然に表示され、そのまま手続きまで完了する。こうした埋め込み型行政サービスが広がれば、行政の手続きが日常生活の一部になります。

これは、単に窓口がスマホに移るという話ではなく、いわゆる申請主義からの脱却であり、必要な支援がプッシュ型で届く世界なのです。子育てだけでなく、高齢者福祉や介護の分野でも、通知、申請、給付、報告といった流れがもっとシームレスになっていくでしょう。

高齢者支援とAI活用が示す、行政DXの価値

──今でも、高齢者はデジタルに馴染みにくいという見方もありますが、どういう支援が考えられますか。

日下氏:私は高齢者こそ、デジタルの恩恵を受けやすいと思っています。今の60代、70代の方は、日常的にスマホやSNSを使いこなしている人も少なくありません。課題はデジタルが使えないことではなく、行政サービスの存在を知らないこと、教えてくれる人がいないことです。デジタルは文字サイズの変更や音声読み上げなど、個人に合わせた最適化がしやすい。年齢にかかわらず、一人ひとりに合った行政サービスを提供できる点が大きな強みです。

高齢者にもガブテックのサービスを活用してもらうには、自治体だけで抱え込むのではなく、携帯ショップのスマホ教室やデジタル活用支援員、地域の人材と連携することが重要です。日本で起きているのは、単なるデジタルデバイドというより、むしろ身近に教えてくれる人がいないというソーシャルデバイドだと思っています。デジタル化が進むほど、最後に重要になるのは人と人とのつながりです。

──AIは自治体業務をどこまで変えるでしょうか。

日下氏:現時点では業務を完全に置き換えるというより、職員の作業や意思決定を支える役割が大きいです。例えば議会答弁書の作成が分かりやすい例で、過去の答弁や関連資料をもとにAIが下調べやたたき台作成を担えるようになっています。さらに、AIを使えば市長の演説や行政文書を、子育て世帯向け、高齢者向けなど対象ごとに分かりやすく再編集することも可能です。これまで一律だった情報発信を、住民に合わせて届けられるようになるわけです。

政策立案の場面でも、AIは有効です。保育園配置の見直しのように、人口分布や地域特性を踏まえた検討は膨大なデータ分析を必要としますが、AIを活用すれば可視化や比較が効率化されます。ただし、意思決定するのはあくまで人間です。AIは判断材料を整理し、より良い判断を支える道具として使うべきだと思います。

自治体DXの成否を分けるのは、技術より人と制度

──自治体DXを進める上で、最も重要なことは何でしょうか。

日下氏:技術以上に重要なのは、人と制度です。これまで自治体職員には、異動を前提としたジェネラリスト性が求められてきましたが、AI時代には各分野に深い知見を持つエキスパートがより重要になります。福祉に詳しく、しかもデジタルも分かる。子育て政策に強く、AIも使える。そうした人材が現場にいることが理想です。デジタルだけに詳しい人では、現場の本当の困りごとに深く入り込めません。

人事評価制度も重要で、どれだけ優れたデジタル技術があっても、職員が挑戦しやすく努力が正当に評価される仕組みがなければDXは進みません。組織が変わるには、人が本気になれる環境づくりが必要です。現状では外部人材の活用も有効で、実際に多くの自治体が外部アドバイザーを招いています。とはいえ、外から来た人だけで変革を完結させるのは難しい。内部にデジタルのリーダーがいて、その人を外部から支える形が最もうまくいくでしょう。

──理想のガブテック社会とは、どのような姿になると思われますか。

一般社団法人Govtech協会 代表理事 日下光氏

日下氏:私が考える理想のガブテック社会とは、行政サービスが特別なものではなく、日常生活の中に自然に溶け込んでいる状態です。そして官民が適切に役割分担し、日本の技術が公共分野で十分に活用されることです。その先には、日本発のガブテックサービスを海外へ展開する可能性もあります。

海外から見た日本の信頼度は今でも高いので、例えばASEAN(東南アジア諸国連合)などのインフラ整備を支援していく中で、情報漏洩リスクへの対策を強みとして日本のガブテックサービスを使ってもらいます。他の国でも日本のガブテックサービスが使われるようになれば、国際社会で「なくてはならない存在になる」という戦略的不可欠性が担保され、日本の経済安全保障にも貢献するかもしれません。Govtech協会としても、日本のガブテックサービスを世界で認知させることも、テーマの1つとして掲げています。

「未来図メディア」メールマガジン登録

5G×IoTの最新情報やイベント・セミナー情報を
いち早くお届けします。

ミライト・ワンのソリューションに関するご質問、ご相談など
ございましたらお気軽にお問い合わせください。

ページトップへ