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生成AIやデータ活用が県政をバージョンアップする石川県のDXへの挑戦

2024年7月22日
話し手
  • 前石川県副知事
  • CDO/CGO
  • 西垣 淳子

石川県は生成AIを活用した日本初のAI知事「デジヒロシ」を誕生させ、2023年8月から広報活動を展開している。また、「石川県広域データ連携基盤」の構築を進め、北陸三県の観光データ連携に取り組みながら、全国でも類を見ない観光データ連携地域の構築を目指している。こうした、デジタルを活用した県政の取り組みを支えてきたのが、2022年7月に副知事に着任した西垣 淳子(にしがき あつこ)氏だ。同年10月以降は県の最高デジタル責任者(CDO)として、デジタルトランスフォーメーション(DX)を率いてきた。観光に限らず、行政サービスの利便性向上、事務の効率化など、様々な業務のデジタル化を加速させてきた西垣氏に、行政におけるデータ活用の意義や役割、課題などについて話を伺った。

(写真1)前石川県副知事 CDO/CGO 西垣 淳子氏
(写真1)前石川県副知事 CDO/CGO 西垣 淳子氏

様々なデータの重ね合わせを未来予測につなげる

──石川県では観光の分野において、どのようにデータを活用しようとしているのでしょうか。

西垣氏:これまでも石川県では観光客に対して、どこの国から何人くらい来て、どういった場所を観光しているのか、国内外も含めた観光客の年齢層や男女比はどのくらいかなどのデータを収集・分析していました。ただ、それらのデータは至るところに分散されているため、集計に時間がかかっていたのです。また、人流について把握できるデータがあっても、なぜこの日のこの場所で人が増えたのか、あるいは減ったのかを知るには、地元の人から話を聞くなどして地道に情報を収集する必要がありました。とはいえ、例えば「この日は何らかのイベントや学会等があって、全国から多くの人が集まってきた」とか「この場所は地元の商業イベントが開催されたので賑わっていた」等の情報であれば、県庁内のどこかの部署に情報があるはずなのです。

ですので、まずは観光分野に関わらず県庁内で様々な情報を共有して、データに意味づけをしていこうと考えました。次の段階では、それらのデータを重ね合わせて、何が見えてくるのかを探りました。そのように、データは収集することが目的ではなく、活用することに意味があるという意識改革を進めていくうちに、もっとこういうデータも欲しいという要望が職場からも出てくるようになってきたのです。

──そうしたデータ活用の成果の1つとして、2023年10月に石川県観光データ分析プラットフォーム「Milli(ミリー)」が誕生したのですね。

西垣氏:観光の分野においても、様々なデータを重ね合わせることが大きな意味を持つようになります。例えば毎年開催している花火大会で、混んでいる日とそうではない日があれば、その理由まで分析することができます。それによって、次回以降の開催で予想される課題を事前に予測し、潰しておくこともできるのです。

このような過去の経験によるデータの蓄積に基づいた未来予測が、石川県全域の観光プレイヤーでも可能になるように、オープンデータのポータルサイトとして「Milli」を立ち上げました。

(図1)誰でも石川県の観光に関するデータが閲覧できる「Milli」(出典:「Milli」の情報ページより)
(図1)誰でも石川県の観光に関するデータが閲覧できる「Milli」(出典:「Milli」の情報ページより)

デジタル人材の育成では新卒職員に期待

──一般の企業でも組織の中でDXに向けた意識改革を進めることは大変ですが、古い慣習が残っている行政の現場だとなおさら時間がかかったのではないかと思いますがどうでしょうか。

西垣氏:たしかに意識改革は大変で、最初は「データを集めることでどういう意味があるのか」などといった意見がずっと続いていました。でも、実際にデータを元にした会議を毎週繰り返すうちに、少しずつデータの持つ面白さや重要性について理解してもらえるようになってきました。

もともと、知事自身がデジタルにとても理解がある方でしたので、他の職員に対して積極的にデータの面白さを説明されていたことも効果があったように思っています。知事としても、市長や町長が悩み事を相談してくる際に、細かいデータ分析を行ってそれぞれの地域の背景が分かってくると、各市町ごとで抱えている課題が異なっているということが分かり、データに基づいて行政を進める重要性を理解していただきました。このように、組織のトップがデータに基づいて物事を考えるという意識になっていることは、DXを進めていく上でとても大きな意味を持つと思っています。

──それによって、現場で働く職員の方々にもデータ活用の重要性が伝わるようになったのでしょうか。

西垣氏:組織としては、まだデータ活用の重要性を理解してもらえない人の方が多数派だと思っています。今でも現場でデータを活用しようとすると、「余計なことをするな。」などと言われることも多いようです。やはり、今までのやり方で業務を進めていきたい人にとっては脅威なのです。

ここが行政の中でデジタル化を進める際の難しさで、各地の自治体でも一部の感度の高い人がデータ活用を進めようとしているのですが、その人が異動してしまうと従来のやり方に戻ってしまうことも多いようです。結局のところ、トップにデータ活用の重要性を理解してもらった上で、さらに現場の意識を変えていく必要があります。

──現場のデジタル人材の育成については、石川県としてどのように進めているのでしょうか。

西垣氏:実は昨年、各部署にデジタル推進員を置き、その人達が各部のデジタル化を引っ張っていくという構想を立てました。ところが、1月に起きた能登半島地震の影響で人材の配置が変更され、その結果、今春に入庁した新卒職員がデジタル推進員を務めることになったのです。彼らは大学を卒業してからそのまま行政の世界に入ってきたので、県政のいろはを学ぶ前にデータ活用の研修を受けたことが、むしろ良い結果を生み出すのではないかと期待しています。

例えば、「Milli」では観光スポットでアンケート調査を行い、観光客の様々な属性情報を取得しようしています。こうした取り組みを実行する場合、これまでの行政の考え方だと、アンケート用紙を作って回答を記入してもらうという話になるでしょう。でも、若い世代なら日頃からオンラインでいろいろなサービスを利用しているので、QRコードを使ってアンケート調査を行い、集計もそのままオンラインでデジタル化するという発想になるのです。

そのようにして、若いデジタル推進員が職場を変えていければと思っています。石川県でこの取り組みが成功すれば、他の県も刺激されるのではないでしょうか。

リアルな知事にはできない情報発信も担う「デジヒロシ」

──AI知事「デジヒロシ」は、石川県の情報発信においてどのような役割を担っているのでしょうか。

西垣氏:県庁では毎日様々な情報の発信をしているのですが、「デジヒロシ」はそれらの情報について生成AIを活用して要約し、X(旧Twitter)で県政情報として随時発信をしています。実際に「デジヒロシ」で情報発信を始めて分かったことは、県庁が普段発信している情報を集約してもあまり面白くなかったということです。例えば、鉱工業の活動状況を表す指標は、その分野に関わる人以外のほとんどの県民には関心がないでしょう。

そこで、「デジヒロシ」が発信する情報に「○○町で桜が満開だから今行くといいですよ」とか、スポーツイベントやご当地アニメの話題などを含めると、PV(ページ・ビュー)が大きく伸びたのです。その時に、実際にはどのような情報を発信して、どのような層が興味を持ったのかを分析することが、大きな価値を持つのだということが分かってきました。さらに、PVが多い情報と少ない情報を比べれば、どのようにすれば人々の関心を呼び込むことができるのかということも分かってきます。

こうした要因分析ができるようになったことで、「デジヒロシ」に限らず県庁からの情報発信のあり方から、広報のあり方そのものに関してまで、とても多くの経験を積めるようになりました。したがって、「デジヒロシ」の取り組みは壮大な実証実験なのだと思っています。その他にも、震災後に「デジヒロシ」がAIで多言語翻訳して世界に向け、情報を発信してくれたことは、本当にありがたいと思いました。

──リアルな知事ではない「デジヒロシ」にしかできない役割も、なにかあるのでしょうか。

西垣氏:それは、県政の情報を満遍なく継続的に発信していくことです。例えば、震災後の復興対策の情報は大変重要ですが、県としてはそれ以外の情報も継続的に伝えていく必要があるのです。知事が定例会見で「まもなく災害発生から72時間が経過します。」と切羽詰まった状況を説明した後に、「明日は加賀でこんなに楽しいイベントが開かれます。」などといった情報を伝えるわけにはいかないでしょう。

それがAI知事なら、満遍なくいろいろな情報を発信することができるのです。このように、「デジヒロシ」は県が発信する情報の継続性を保つという重要な役割も担っています。

(図2)Xで毎日県政情報を発信するAI知事「デジヒロシ」(出典:石川県のWebページより)
(図2)Xで毎日県政情報を発信するAI知事「デジヒロシ」(出典:石川県のWebページより)

行政で生成AIを活用するにあたっての課題とは

──行政が生成AIによる情報発信を進めていくに当たっては、どのような課題があるのでしょうか。

西垣氏:通常、知事が記者会見を行う際には質疑応答が行われるのですが、そこで質問をしているのはメディアの方々であって、県民のリアルな反応は見えないわけです。それに対して、「デジヒロシ」の場合はSNSですぐに一般の方からの反応を見ることができます。このように、私たちは一方的に情報を発信するために「デジヒロシ」を使っているのではなく、県民や世間の反応を見るために「デジヒロシ」を活用しているのです。

一方で、XなどのSNSを使用した行政の広報活動もまだ一方向の情報発信だと思われていて、フォロワー数が議論になってしまうことが多いのです。実際に県議会などでの質問でも、「どれくらいフォロワーがいるのですか。」とよく聞かれます。

Xの場合、フォローしなくても投稿の内容を見ることができるので、大事なのはPVだと思っています。フォロワー数を重視する意識を変えてもらうことが課題のひとつで、SNSを使った双方向性のコミュニケーションに慣れている、若い人の感覚をいかに広げていくかが重要だと思います。

──生成AIの導入は、行政においても業務の効率化に期待できそうですね。

西垣氏:行政は情報を発信するまでにいろいろなことを調べる必要があるのですが、そこに生成AIを活用する価値は大きいと思っています。さらに生成AIの能力を取り入れることで、会議の議事録の作成から業務で必要なシステムも、職員がノーコード・ローコードで開発できるようになるかもしれません。

石川県のこうした取り組みは、行政だけではなく民間企業にとっても非常に参考になるのではないでしょうか。

県内の市町におけるスマートシティ構築を支援

──「石川県広域データ連携基盤」の構築は、スマートシティの実現に結びつくような取り組みにもつながっていきそうですね。

西垣氏:石川県は、県庁所在地である金沢市の人口が46万人であり政令指定都市ではなく、それ以外には人口が10万人を超える市が2つあるだけです。そうした状況では、スマートシティに必要なサービスを構築したくても、新しいアイデアを受け入れる余裕のある人材が確保できません。また、病院の予約に合わせてタクシーを呼ぶことができたり、オンデマンドの交通サービスを使って市民が便利に暮らせるようにしたいと思うと、法的基盤やデータの取り扱いについての検討など多くの課題があり、小さな自治体では対応が難しいでしょう。

石川県はそのような課題を解決することができるデータ連携の共通基盤を用意し、それぞれの自治体でやりたいサービスの提供を応援していきます。自治体が個別でスマートシティに取り組むよりも、はるかに優位でしょう。お金がかかるところや頭を使う必要があるところを県が担い、自治体は市民や町民の課題に資するサービスを開発すればよいのです。

──石川県では、すでに交通難民の課題解決などに取り組む自治体も出てきましたね。

西垣氏:例えば、小松市では交通難民向けにライドシェアを導入したり、被災地にドローンを飛ばしたりなど、いろいろな取り組みを進めています。そのような取り組みが県内で横展開できるようにすることも、データ連携基盤の役割になります。

「石川県広域データ連携基盤」では、様々な課題のデータを取り組むようにしたり、オープンデータを入れるソースもきちんと作ったりしていますが、一番大変なことは個人情報の保護です。県民や市民の本人確認を、どれだけユーザー側が簡単にできるかというUI(ユーザーインターフェース)の工夫と、個人情報を扱うパーソナルデータと非パーソナルデータの峻別などの課題を、県が積極的に解決できるよう努力しています。

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