日本のスマートシティはなにを目指せばいいのか

2023年10月16日
話し手
  • 東京大学 大学院新領域創成科学研究科
    特任教授
  • 中村 文彦

「スマートシティ」という言葉がイメージする街の姿は、人によって異なっているだろう。例えば、再生可能エネルギーを自ら作り出して上手に循環させる街をイメージする人や、住民の移動をサポートするさまざまなサービスが一元化された街をイメージする人もいるかもしれない。今回は、スマートシティおよびモビリティ領域の研究において第一人者である、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 特任教授の中村 文彦(なかむら ふみひこ)先生に、スマートシティの現状や目指すべき姿について伺った。

日本におけるスマートシティ(賢い都市づくり)のルーツは横浜にあった

──これまで日本では、スマートシティに関してどのような取り組みがあったのでしょうか。

中村氏:近年、日本でもスマートシティという言葉がよく使われるようになってきて、いろいろな地域からスマートシティに取り組んでいますという声が聞こえてくるようになりました。ですが、実際のところスマートシティの定義については、みんなが同じように考えているわけではないように思っています。例えば、スマートシティの取り組みは、東日本大震災後に、エネルギーの問題に対して賢く考えていこうということから始まりましたが、それは、スマートグリッドなどのプロジェクトが基本になっています。一方、都市計画の側面からスマートシティを捉えてみると、アメリカで1990年代頃から広がったスマートグロースという戦略があり、これは都市の自然環境や文化的資源を守るために人口を抑制しながら賢く成長しようという取り組みです。

歴史的には、スマートシティといえばこれらの2つの考え方が大きく影響していると思っています。最近では、さまざまなデジタルやAI、ICTの技術を活用して、環境問題に配慮しながら賢く管理された都市という意味で、スマートシティが捉えられる側面も多いと感じています。

そもそも、日本で賢い都市づくりが実施されたのは、1983年に開発事業が始まった「横浜みなとみらい21」からだと思います。「横浜みなとみらい21」は、1968年に横浜市役所にやってきた田村明氏という都市プランナーが当時の縦割り行政を横断的に一体化させ、自立した自治体による総合的な都市づくりを標榜したことでその構想が生まれました。港湾地区の開発や三菱重工横浜造船所跡地の開発、さらに埋め立て地の開発などといった複数の事業を同時に動かすことで、あのような街を短期間で作ることができたのです。組織を横断して行政がルールを決めるだけでなく、民間の力や市民の力などを賢く組み合わせたまちづくりのルーツといえるでしょう。

──それ以外にも、先生から見て日本におけるスマートシティとして注目されている街はありますか。

中村氏:千葉県柏市の「柏の葉キャンパス」地区の取り組みも、行政やデベロッパー、住民、そしてアカデミアも巻き込んで街を動かしていくという先進的な事例だと思います。「柏の葉キャンパス」は複数のマンションの間で電力をやりとりし、防犯管理や健康データなども管理しながら住民にサービスを提供するなど、さまざまなことを工夫して実践している、新しいスマートシティの姿を見せていると思います。

他にも、先端のデジタル技術を駆使して、市民参加型のスマートシティとして、いろいろな人たちがつながりながら新しいアイデアを出していく仕組みを作った、福島県会津若松市の「スマートシティ会津若松」の取り組みも注目しています。「スマートシティ会津若松」は東日本大震災の復興がきっかけでアクセンチュアが支援を始めたのですが、実際に社員が何人も移住し、企業の垣根を越えたさまざまなアイデアを出しながら政策につながる場を作りました。まさに、デジタルの力を使って知恵を結集し課題に取り組んでいくスマートシティですね。

多様な移動手段が生活を豊かに

──スマートシティにおいて、EVや自動運転などのモビリティはどのような役割を持つのでしょうか。

中村氏:EVも結局再生エネルギーを使わない限りは、本当にカーボンニュートラルに貢献するとは言えないと思っていますが、少なくとも自らCO2を排出する車に比べて、環境の課題解決には貢献するでしょう。それだけではなく、EVは自然災害などによって都市に停電が発生した際に、例えば病院などでの停電を防ぐために電力を一時的に拠出するなど、電力に依存している都市でのリスク管理にも役立ちます。

それ以外にも、都市においてEVの活用が役に立つことがあります。以前、東京都内のある住宅地と駅を結ぶシャトルバスを作る計画が検討されたのですが、駅前の400mの区間だけ沿道の住民の反対にあったのです。その大きな理由が騒音で、結局シャトルバスを作る計画は実現されませんでした。まだEVや水素バスなどもなかった時代なので、もし電気や水素で走るバスがあったなら、あの住宅地の問題は解決されていたかもしれません。

一方で自動運転についてみてみると、その役割はまだ曖昧です。どう安全に運用するのかに関する研究や検討はとても進んでいるのですが、街の中でどう役立てていくのかについての議論が足りていません。ただ、車以外にも車椅子や配送ロボットの自動運転なども研究されていて、新しいモビリティツールとしてそういったものの活用が一気に進むと面白いと思っています。例えば、高齢者が多い住宅地でゴミ捨てなども無人配送ロボットがやってくれるようになれば、人々の生活もだいぶ楽になるでしょう。

──電動キックボードのような新しいモビリティも、スマートシティの中で活躍していくのでしょうか。

中村氏:近年、さまざまなことやものが多様化しており、いろいろなメリットを生み出していると思っています。移動の仕方も多様になってきたので、その移動が個人の幸せにつながるのであれば、選択肢は多いことが望ましいでしょう。電動キックボードなども含めた、いろいろな道具を使った移動方法が選べるマルチモーダルの施策が大切です。そうなれば、車を運転する以外に出かける手段がない、だから年を取ったら外出は諦めるしかない、などという世の中にはならないでしょう。

ただ、現状ではそれらのモビリティツールが走れる道路は限られているので、今後は道路の割り当てや使い方のルールを考えていく必要があります。すなわち、道路交通法と道路運送車両法だけではなく道路法、そして道路構造令についての検討が必要になるのです。例えば、広い道路なら車が走る車線を減らして、残りの車線に電動キックボードや自転車を走らせるという選択肢だってあります。一般には、車の車線を減らすと渋滞が増えると考える人も多く、何事だという論調になってしまうでしょう。ただ、車の車線を減らしても、多様な移動手段が選べることによって車の台数が減れば渋滞は起きないし、よしんば多少渋滞が起きたとしても、歩行者や自転車、そして新しいモビリティツールが安全で快適に道路を利用できるのであれば、それを優先するという考え方もありえると思います。そういう決断をするスマートシティがあってもよいのではないでしょうか。

MaaSの目的は誰でもが利用できる1つのサービス

──多様なモビリティの活用という意味では、海外ではMaaSの活用が進んでいますね。

中村氏:もともと、MaaSに関してはヘルシンキがルーツですね。そのきっかけも、郊外の住宅地における市民活動が具現化してビジネスになったもので、路面電車や地下鉄から始まって、オンデマンドサービスや自動運転のシャトルバスなどの情報が全部同じアプリ上で入手でき、予約や運賃の決済もできる。このように、住民側から見て全部の交通手段がつながっているように見せているのです。その理由についてもはっきりしていて、もちろん移動を便利にするという目的もあるのですが、フィンランドはCO2の問題から車の利用を減らさないといけないのです。車の利用を減らすために、車を使わなくてもよい移動サービスを利用してもらおうとしています。

そこが日本で進めようとしているMaaSとは違っていて、日本の場合どちらかといえば地域住民よりも、観光客を対象にしたサービスとして考えているところが少なくないと思います。たとえば、地域の高齢者の方々の病院通いが楽にあるようにサポートしようと思うのでしたら、最初にやることはスマートフォンやタブレットを使えるようにご用意することでしょう。とはいえ、スマートフォンの電話アプリで病院の予約をした後に、別のアプリを開いてタクシーの予約をするような使い方だと、まだまだ人に寄り添っているとはいえません。そこで、1つのアプリから電話で病院の予約をすると、音声認識して自動的にタクシーを予約してくれるようなサービスがあればよいと思っています。

──高齢者だけではなく、もっと幅広い世代の人たちも活用できるMaaSアプリになればよいですね。

中村氏:例えば、今は塾に通っている子供たちの送迎が大きな問題になっていますが、塾の出欠もスマートフォンから行えるようして、その情報と連動した送迎サービスや、実際に送迎サービスを使ったら保護者にプッシュ通知が届くなど、組み合わせる要素はいろいろとあるでしょう。

MaaSとは「Mobility as a Service」なのですが、鍵になるのは2つ目の「a」で、ユーザーから見て1つのサービスになっていることが重要です。その目的としては、フィンランドのように車を減らすことや、高齢者の外出支援、また障害のある方々のバリアを少しでも減らすことなど、いろいろとあるでしょう。そこをどうやってブレークスルーしていくかが、次の課題だと思います。日本にはそのための道具がすでに揃っているので、後は意義のある実証実験とそれを社会に実装していく馬力が必要ですね。

スマートシティ成功の鍵はデータ基盤と連携

──中村先生が描く、スマートシティの未来や課題、展望などについて教えてください。

中村氏:やはり、スマートシティは目的ではなく手段であると思っています。スマートシティの構築によって、街中のいろいろな仕組みが回っていき、結果として住んでいる方々もそこを訪問する方々も満足度が高くなる。そして、満足度が高いということはもっと税金を払ってもよいと思うかもしれませんし、土地の値段が上がって税収が増えるかもしれません。

そのようなスマートシティを構築する課題は1つが、データ連携だと思います。例えば地域ごとに鉄道会社やバス会社、タクシー会社があったとしても、それぞれの事業者がどのような人をどう運んでいるのかというデータは他の事業者や監督官庁が見るかもしれない外部には簡単には出さないでしょう。しかし、それらのデータ基盤が連携されなければ、人の動きが把握できないわけで、なんらかの連携、共有が必要です。

次に、データを使って街を自律的にモニタリングしながら見直していく、プロセスが必要だと思います。新しいことを始めたら、それをきちんと評価しなければならないのですが、それにもデータが使えなければ無理です。たしかに、データの野放図な開示には企業秘密や個人情報などの問題もありますが、使途を明確にし政策的な立案のみに使うということにして、さらにそれを監視する仕掛けを設けることです。

そうして、さまざまなデータを集めて、それが特定の個人や特定の企業に不利益にならない仕掛けを作った上で共有し、リアルタイムに活用して蓄積したデータによって、施策の評価や次のビジョンを打ち出す際の基礎資料の土台として使う。それができなければ、いくらアイデアを出しても意味がないと思います。スマートシティの未来のためにも、データのあり方や運用に関するブレークスルーを望んでいますし、期待しています。それが進むことになれば、さまざまなアイデアが回っていくのではないでしょうか。

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