発想の転換がDXで、その先にAIを中心とした防災AXがある
- AI防災協議会 理事長
- 国立研究開発法人防災科学技術研究所 社会防災研究領域長/総合防災情報センター長
筑波大学 理工情報生命学術院システム情報工学研究群 教授(協働大学院)
防災DX官民共創協議会 理事長 - 臼田裕一郎
AI防災協議会理事長 臼田裕一郎氏
SNSの普及により、災害時に大量の投稿があるSNSは、状況把握のための貴重な情報源となっている。一方、自治体のマンパワーではそういった大量の災害情報を処理しきれないという課題がある。そこに、AIを用いることによる情報の収集・分析等の自動化・省力化の可能性が高まる中、情報の活用には個人情報などの取り扱いルール、システムの運用方法などの検討が必要となる。そのために設立されたのが、AI防災協議会だ。すでに、AIは実際の災害現場で活用されており、成果を挙げている。そこで、AI防災協議会理事長の臼田裕一郎(うすだ ゆういちろう)氏に、防災におけるAIの活用状況や課題、今後の展開などを聞いた。
AI防災協議会とは
──AI防災協議会は2019年に設立されましたが、その背景を教えてください。
臼田氏: AI防災協議会の前身として、2017年に「電脳防災コンソーシアム」を共同で立ち上げました。当時から防災の現場でもデジタル化が急速に進み、多様なデータを活用する時代が来ると考えていました。
従来の災害対応では、停電や断水、道路の被害などは、それぞれのインフラ事業者や行政機関が把握した情報を集約し、それをもとに状況を判断するのが一般的でした。しかし、スマートフォンの普及によって状況は大きく変わりました。被災者自身が現場の写真や動画を撮影し、SNSを通じてリアルタイムで情報を発信するようになったのです。
こうした情報は、専門機関だけでは把握できない被害状況を知る上で非常に価値があります。救助活動の迅速化や被害の全体像の把握にも役立ちます。一方で、災害時には膨大な投稿が発生するため、人がすべてを目視で確認することは現実的ではありません。そこで期待がかかるのがAIです。大量の情報から必要な情報を抽出・整理し、災害対応に活用できる形へ変換する技術が不可欠になると考えました。
ただ、AIを導入すれば解決するわけではありません。AIが取り扱う情報はSNSだけではなく、停電情報や道路情報、避難所情報など、さまざまなデータが必要で、これらを共有できる基盤が必要になります。また、個人情報の扱いなど、社会制度の整備も欠かせません。
電脳防災コンソーシアムでは、AIによって実現できる未来だけではなく、そのために社会が取り組むべき課題を整理し、「55の政策提言」としてまとめました。その提言の一つが、産官学民が連携する組織の設立であり、それを具体化したのがAI防災協議会です。
──AI防災協議会では、どのような活動を行っているのでしょうか。
臼田氏: 私たちは、AIそのものを開発する組織ではありません。AIを開発するのは企業や研究機関ですが、例えば、防災目的でAIを活用するためには、どのようなデータが必要なのか、どのような運用ルールが望ましいのか、あるいは自治体職員や住民にどう普及させていくのかなど、多くの課題があります。
つまり、「AIをどう作るか」ではなく、「AIが活躍できる社会をどう実現するか」を議論し、その環境づくりを進めることが協議会の目的です。
──SNSに注目していた理由は何でしょうか。
臼田氏: 一番大きいのは、災害現場にいる人がリアルタイムで情報を発信できるようになったことです。以前も電子掲示板や専用フォームはありましたが、自ら登録して情報提供する人は限られていました。一方、SNSでは「今こんなことが起きている」という情報が自発的に投稿されるため、災害現場の状況がこれまでにないスピードで発信されるようになりました。
ただ、そのままでは情報量が多すぎるほか、例えば同じ火災でも、「火事」「煙が見える」「焦げ臭い」など、表現は人によって異なります。そのため、同じ出来事を一つの事象として理解できるようにする自然言語処理AIが重要になりました。
AIの価値は「人が本当に必要な場所」で力を発揮させること
──AIによる防災の高度化が期待されていますが、今後はどのような変革を目指していますか。
臼田氏: 私が一番大切だと考えているのは、「AIを導入すること」ではなく、「仕事そのものを変えること」です。
自治体のDXでもよく見られるのですが、従来の業務を残したまま、新しいシステムやAIを追加してしまう「足し算の発想」のケースがあります。これでは仕事が増えるだけで、本当の意味での変革にはなりません。
災害対応は、今でも人海戦術に頼る場面が少なくありません。発災すると多くの自治体では危機管理部門の職員が24時間体制で情報収集や状況確認を続けるなど、特定の部署だけに負担が集中しています。そこにAIやデジタル技術を導入することで、人の仕事を増やしてしまっては意味がありません。情報収集や確認作業を自動化し、その分、人が本当に判断しなければならない業務に集中できる環境をつくることです。
私は、「DXとはデジタル化ではない」と話しています。アナログをデジタルへ置き換えることがDXではありません。まず、デジタルを前提として全体を設計し、それでも対応できない部分だけをアナログ(人)が担う。「アナログからデジタルへ」ではなく「デジタルからアナログへ」。この発想への転換こそがDXであり、その先にAIを中心としたAX(AI Transformation)があると考えています。
例えば、住民への安否確認をデジタルで実施し、全住民から連絡が取れた人を引き算すれば、連絡が取れない人だけが浮かび上がり、そこに職員の人的リソースを集中できます。デジタル技術やAIは、人が必要な場所で最大限力を発揮するための技術なのです。
──協議会が実証する防災チャットボットは、実際の災害でも活用されたのでしょうか。
臼田氏: 実際の災害に適用された最初の事例は2019年の台風第15号(房総半島台風)です。千葉県では長期間にわたる停電が発生し、住宅被害も広範囲に及びました。被災者からは、罹災証明や住宅修理、支援制度などについて行政へ大量の問い合わせが寄せられ、電話がつながらない状況が続きました。
そこで、千葉県から要請を受け、防災チャットボットを問い合わせ窓口として活用しました。県が持つFAQをAIに学習させ、住民がLINE上で質問すると、必要な情報を自動で案内する仕組みです。これにより、AIが約2週間で7,000件もの問い合わせに対応し、行政への問い合わせを分散できました。住民にとっても、電話を待つことなく必要な情報を取得できるようになり、災害時にAIが行政サービスを支える有効な手段であることを示した事例になりました。現在では、多くの自治体でチャットボットが利用されています。
AIの他の活用例としては、道路の凍結状態をドラレコのような車に付いているカメラで判定して、通行規制や除雪・融雪の対処につなげていくなど、AIを画像解析という観点で使って、災害対応を行うといった方向でも使われるようになってきています。
防災AIの課題と今後の展開
──現在は「AI×防災研究会」も始動しています。その狙いを教えてください。
臼田氏: 最近の大きなテーマは、「場所への支援」から「人への支援」への転換です。
これまでの災害対応では、避難所や物資拠点など「場所」を中心に支援する考え方が主流でした。しかし現在は、被災者一人ひとりの状況に応じた支援を実現する方向へ政策が変わりつつあります。
その実現には、デジタル技術が不可欠です。例えば、防災DX官民共創協議会では、令和6年の能登半島地震において、石川県とともに被災者データベースの整備を行いました。
今後は、このようなデータをAIが分析し、支援が必要な人を早期に見つけたり、被災者とAIとの対話から困りごとを把握したりする仕組みも考えられます。もちろん、個人情報を扱うため制度やセキュリティなど解決すべき課題は数多くあります。そのため、技術だけでなく社会制度も含めて議論することがAI防災協議会の役割だと考えています。
──AI活用における課題については、どのように考えていますか。
臼田氏: 一つは生成AIによるフェイク情報やハルシネーションです。AIが生成する災害画像や動画も本物と区別できないほど精巧になってきています。これは一度対策技術を作れば終わりという問題ではありません。技術は今後も進化を続けるため、セキュリティ対策と同じように継続的な取り組みが必要になります。
もう一つ重要なのが、災害時にはAIが処理に必要とするデータそのものが不足することです。通信障害や停電によってデータが断片化し、不確実な情報しか得られないケースが生まれます。だからこそ、AIを高度化するだけではなく、災害時でも信頼できるデータを迅速に収集・共有できる社会基盤を整備することが重要になります。
──今後、AIは防災分野でどのように発展していくと考えていますか。
臼田氏: 現在はエージェント型AIやフィジカルAIなど、新しい技術への期待も高まっています。将来的には、救助活動や避難誘導、物資輸送など、それぞれのAIが互いに連携しながら最適な対応を導き出す世界も考えられます。
また、AIの活躍は災害時だけではありません。急激な異常気象や洪水の予測、さらには防災訓練のシナリオ作成など、平時から活用が広がっています。
さらに、私は「防災という分野はない。全ての分野に防災がある。」と考えています。従来の防災分野という狭い範囲で閉じるのではなく、交通、エネルギー、物流、医療、教育など、平時に存在するあらゆる分野に防災を共通機能として埋め込み、多様な業界や自治体、企業が連携し、それぞれのデータやAIをつなぎながら、社会全体のレジリエンスを高めていくことが重要です。
AI防災協議会としても、そうした産官学民の橋渡し役となり、AIが安心して活用できる社会基盤づくりを進めていきたいと考えています。
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