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AIの活用で公道での完全自動運転を実現させる「自動運転2.0」
さまざまなアプローチによって、実用化に向けた研究が進んでいる自動運転技術。各種センサーやカメラなどのハードウェアを身に付け、すでに人間の目に代わる機能は備わった。一方で、完全自動運転を実現するには人間の脳に代わるソフトウェアが必要だが、そこにはまだ課題が多い。その課題を、大規模なAIモデルで補おうとしているベンチャー企業が日本で誕生した。
自動運転にも一般常識が必要
人間が全く運転に関与しない「レベル5」の完全自動運転は、ハードウェア技術に頼っているだけでは実現は難しい。もちろん、予め決められたエリアに限って走行するのであれば、急な人の飛び出しや無理矢理に車線変更する車が出てきても、安全に避けられるだけの技術はすでに確立されている。それらのハプニングに対しては、機械学習ベースのAIによって、事前にいろいろなパターンで訓練できるだろう。しかし、一旦公道に出ていくと、事前には予想できない、さまざまなハプニングが待ち受けている。
例えば、道路工事の現場に出会うと、通常は立っている交通誘導員の行動を見て、進んでよいのか止まっておくべきなのかを判断するだろう。しかし、その際の交通誘導員の動きは、信号機のように規則正しいものではないし、時間帯や天候によっても、その場では認識が難しい場合もある。それでも、人間のドライバーならば交通誘導員の動きだけではなく、その場の状況をいろいろと観察しながら通行してよいのか止まっておくべきかが判断できる。
また地方の山道では、野生動物が道路を歩いていることもある。人間の歩行者であれば止まって車を避けてくれるが、野生動物は避けないどころか車に向かってくることもあるので、動物の種類や大きさなどによって対処が異なってくる。そのように、現実社会で起こりえるすべてのハプニングを予測して、事前に機械学習で訓練することは現実的ではないだろう。
そこで注目されているのが、自然言語処理のLLM(大規模言語モデル)や生成AIを搭載してその場の状況を把握し、どのような場合でも自ら最善の対応を考えて走行する次世代の自動運転技術だ。

(写真1)現実社会の道路にはいろいろなハプニングが待ち受けている
AIによる次世代のアプローチ「自動運転2.0」
日本のベンチャー企業チューリングは次世代の自動運転車の開発を目指し、世界で初めて将棋名人を倒したAIの開発者と、アメリカのカーネギーメロン大学で自動運転を研究していたエンジニアの2人によって2021年8月に設立された。設立から3年足らずで、すでに30億円の資金調達も実施しており、当初2025年としていた「レベル2」(人間が運転主体で自動化は部分的)の自動運転機能を搭載した電気自動車(EV)の日本国内での発売を、2024年内に前倒しした。販売台数は50〜100台規模の見通しで、2024年夏を目途に性能などの詳細を決める予定である。
将来はカメラ映像とAIを活用した、「カメラ方式」による「レベル5」の完全自動運転を目指している。「カメラ方式」による完全自動運転では、人間が視覚情報などを基に周囲の状況を判断して運転する一連の動作を、カメラ映像の認識とLLMによるAIに担わせる。チューリングは、このようにAIによるアプローチを用いた自動運転技術のことを、従来のロボット工学的なアプローチによる自動運転から進化した「自動運転2.0」と呼んでいる。また、2030年に完全自動運転の車を1万台生産し、市場に投入することを目指している。
自社製半導体チップの開発で車載AIを実現
チューリングによる完全自動運転へのアプローチでは、AIが状況に応じて適切な判断と行動がとれるように、視覚情報や音声データなど複数の形式で現実世界の情報を取り込んで理解する、マルチモーダル(複数形式)AIの開発を目指している。2023年11月には、LLMやマルチモーダルモデル向けの専用計算基盤「Gaggle Cluster」の構築に着手した。第1世代の「Gaggle-Cluster-1」はNVIDIA H100 GPUを96基搭載し、総計算能力は190ペタFLOPS*となる予定。
こうした大規模なAIモデルを、どのように車載に落とし込んでいくかも課題だ。クラウドを活用したAIでは反応にタイムラグが生じるため、自動運転には向かない。そこで、チューリングではLLMによるAIを車両内で動かす際に必要な処理能力を備える、自社製半導体チップの開発にも着手している。さらに、独自開発の「ナビゲーター・ドライバーモデル」を搭載。公道走行可能な車両で速さを競うラリー競技のように、車の運転をナビゲーターとドライバーに分業する。クラウド側に置かれた「ナビゲーターモデル」は、今自分がどこを走っていて、次はどのようにハンドルを切るのか、今アクセルを踏むべきかブレーキを踏むべきかなどを考える。一方、車両側に置かれた「ドライバーモデル」は、目の前で起こっていることに反応して実際にハンドルやアクセル、ブレーキを操作する役割を持つ。

(図1)チューリングが開発したマルチモーダルAI「Heron」のデモ(出典:チューリングのデモページより)
ソフトウェア中心の自動車づくりで日本のEVが巻き返し
一方で、最近の自動車作りも大きく変化しつつある。従来の自動車は、エンジンを中心とするハードウェアを改善することで、燃費や乗り心地、安全性能などを向上させてきた。ところが、近年は自動車も電子制御が増えることで、性能向上だけでなく、開発や製造においてもソフトウェアが担う役割が大きくなってきた。
こうした傾向から、EVにおいては特に、ソフトウェア中心の自動車作り「SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)」が注目されている。例えば、SDVの代表格ともいえるテスラ製EVは、車内の物理ボタンを極力排除し、中央に設置されたディスプレイでエアコンや空調、ヘッドライトなどをコントロールする。これによって、SDVではまるでスマートフォンのように、ソフトウェアを書き換えることで自動車の性能が更新できるようになる。
完全自動運転においても、随時、走りや安全性に関わるソフトウェアを更新し、性能をアップデートしていく仕組みが欠かせない。そのため、チューリングもSDVを前提に開発を進めているが、日本の自動車メーカーや部品メーカーがこれまで培ってきた知見を生かせば、先行するテスラや中国のEVメーカーに対して十分巻き返しが可能だと考えている。日本政府も今後は国をあげてSDVの開発と普及に取り組み、2030年までに日本メーカーのSDVの世界シェアを3割まで高める目標を掲げている。

(写真2)チューリングが発表したSDVの試作車(出典:チューリングのプレスリリースより)
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