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モバイル通信の活用を広げる、切れにくく繋がりやすいネットワークインフラ

2022年3月18日
モバイル通信の活用を広げる、切れにくく繋がりやすいネットワークインフラ
モバイル通信の活用を広げる、切れにくく繋がりやすいネットワークインフラ
話し手
  • 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
    ネットワーク研究所 レジリエントICT研究センター
  • 主任研究員
  • 大和田 泰伯

世界有数の地震大国と呼ばれている日本では、日ごろから大規模災害に備えたさまざまな対策の研究が進められている。災害時に最初に必要なことは、通信網の確保だ。まずは被害の程度や範囲などの情報を収集しなければ、救助活動に向かうこともできない。そんな時に頼りになる、大規模災害でも途絶しにくい通信網「NerveNet(ナーブネット)」の研究を進めている国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT:エヌアイシーティー) レジリエントICT研究センターの大和田泰伯氏に、「NerveNet」の概要とその技術が5Gにどう生かせるのかなどについて伺った。

メッシュ型で災害時も切断されにくいネットワークインフラを作る

大規模地震などによる災害では、公衆通信網の途絶が数日間に渡って発生することもある。最近では、被災者が安否を確認する手段の8割以上が携帯電話などのモバイル端末であるとの調査結果も出ており、災害発生時におけるモバイル通信網の応急・復旧手段の多様性が求められている。こうした状況に対応するためにNICTは、障害に強く、地域内の重要情報の配信やセンシング、通話、情報共有を低コストに提供できる分散ネットワーク技術「NerveNet」を開発した。「NerveNetは、モバイル端末が基地局に接続できない状況でも通信ネットワークインフラを活用したアプリケーションサービスが提供できる、独立型のネットワークインフラを構築します」(大和田氏)。

「NerveNet」は、どのようにしてネットワークインフラを構築するのだろうか。携帯通信事業者が提供する通常の携帯電話網は、コアとなる通信事業者網から通信経路が複数に枝分かれしながら基地局に繋がっている。そのため、基地局に繋がる通信経路が災害などの影響で切断されると基地局が制御サーバと通信できなくなるため、すぐ近くにいる携帯端末とも通話できなくなる。これに対して、「NerveNet」の場合は基地局同士が自動的に相互接続して網の目状のネットワークを構成する機能を持っており、さらに制御サーバ機能も複数の基地局で分散して機能しているので、災害時に一部の通信経路で障害が発生しても直ちに別の通信経路に切り替わって通信が確保できる。データを蓄積・同期する機能が各基地局内に備えられているので、通信障害が発生しても、接続可能な基地局から必要な情報が得られるようになっている(図1)。

こうした特徴を生かせば、災害時にネットワークが切れにくくなるだけではなく、ブロードキャスト通信によって音声メッセージをグループ間に一斉配信する場合でも、自動的に基地局・端末全体で情報を蓄積・同期共有するので誰もが聞き漏らしを防げる。「通常の携帯電話網を使った一斉通信だと、メッセージが送られた時にネットワークに接続されていない端末は情報を受信できないまま終わってしまいます。ですが、「NerveNet」では一斉配信している時に基地局に繋がっていない端末でも、ネットワークに接続した時点でメッセージが受け取れるので、災害時の情報伝達にも重要な役割を担います」(大和田氏)。

(図1)分散ネットワーク技術によって災害時も切れにくく繋がりやすい「NerveNet」(資料提供:NICT)
(図1)分散ネットワーク技術によって災害時も切れにくく繋がりやすい「NerveNet」
(資料提供:NICT)

企業誘致や観光客向けなど災害時だけではない「NerveNet」の活用

「NerveNet」が活躍するのは、災害時に限った話ではない。平常時も自治体やNPOなどによって、地域や住民が求める情報やサービスの提供など地域振興のツールとして利用され、イベント会場での仮設ネットワークなどへの活用も可能だ。2015年に実証実験を目的として「NerveNet」が導入された和歌山県の白浜町では、防災ネットワークとしての利用以外にも、平常時にはワーケーション用に作られたITビジネスオフィスでインターネットアクセス回線として利用するなど、企業誘致の促進ツールとしても活用している。また、県内有数の観光スポット白良浜では、観光客向けに提供するWi-Fi接続サービスに「NerveNet」を活用している(図2)。

「白浜町のNerveNetは、2021年3月末に実証実験としての用途を終え町に譲渡しました。現在は白浜町が独自にネットワークを運用していろいろと活用しています」(大和田氏)。

(図2)和歌山県白浜町で活用されているNerveNet(資料提供:NICT)
(図2)和歌山県白浜町で活用されているNerveNet
(資料提供:NICT)

その他にも、2017年10月には東京都立川市で行われた、中央省庁の災害対策本部設置準備訓練で「NerveNet」が活用されている。首都圏直下型地震の発生などによって、霞ヶ関地域の省庁が機能を失った場合に、各省庁が立川市にある施設等に本部を設置することを想定した訓練だが、それぞれの省庁が分散されて建物に入った場合の連絡手段として「NerveNet」を活用するという想定だ(図3)。

「NerveNetを使って電話連絡を取り合う訓練で使われたのですが、非常に高評価を受けたことから、翌年度からは常設することになりました」(大和田氏)。

(図3)立川市で行われた災害対策本部設置訓練の模様(資料提供:NICT)
(図3)立川市で行われた災害対策本部設置訓練の模様
(資料提供:NICT)

自治体や政府が「NerveNet」を利用する場合には、「NerveNet」のセキュリティ面での安全性も評価されているという。データベースも分散型にして1ヵ所に情報が集中しないシステムにすれば、セキュリティ強度を上げられる。「特に自治体は個人情報を扱うので、そういった組織とは親和性が高いんじゃないかなと思います」(大和田氏)。

海外でも、「NerveNet」の活用事例が増えている。特に、最新の「NerveNet」では市販のパソコンやIoT機器にソフトウェアをインストールすることで「NerveNet」の基地局機能を構成することができるため、IoT用途での活用が広がっている。例えば、ASEAN地域では農業分野で米の生産量の向上や水門を制御するIoTのセンサーネットワークなどに「NerveNet」のネットワーク技術が利用されている。さらに、カメラ映像のAI画像認識を使って災害時に現場の被害状況を確認したり、教育分野では子どもたちがモバイル端末で教材を共有するなど、さまざまな分野で活用されているという(図4)。

「NerveNet のネットワーク技術をソフトウェアとして提供できるようになったことで、高価な通信専用機器を導入することなく、安価な汎用機器でインフラが構築できます。このように、低コストで付加価値の高いネットワークインフラが構築できることから、ASEAN地域の山村などで歓迎されています」(大和田氏)。

(図4)ASEANでのNerveNetの活用例(資料提供:NICT)
(図4)ASEANでのNerveNetの活用例
(資料提供:NICT)

基地局に繋がらなくてもさまざまなサービスが提供できるネットワークインフラを目指して

「NerveNet」で培われた通信技術を5Gのシステム構築に生かせば、どのようなことが実現できるのか。大和田氏によると、現状では5Gの先にあるビヨンド5Gや6Gのネットワークに、「NerveNet」を発展させた技術を組み込む研究も進めているという。これまで「NerveNet」の研究開発では、災害時においても切れにくいネットワークを構成して通信を確保することに重点が置かれていた。それによって、通話やメッセージの送受信などが維持できる。そうした研究開発に加えて、今後は災害時でも「NerveNet」自身が動的にネットワークを構成し、通話やメッセージ、インターネットやクラウドと連携した従来型のサービスだけでなく、インターネット接続の無い環境下でもなどさまざまなサービスを提供できる、新たな自律分散型のアプリケーションサービスインフラの実現を目指した研究開発を進めていく。

「ローカル5GとNerveNetを組み合わせれば、ローカル5Gのネットワークをさらに広域で使えるようにすることも実現可能だと思います。ですが、私たちはさらに少し先を見据えた研究開発に取り組んでいます」(大和田氏)。

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)レジリエントICT研究センター 主任研究員 大和田 泰伯 氏
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)レジリエントICT研究センター
主任研究員 大和田 泰伯 氏

一方で、最近ではさまざまな分野において、5Gの高速・大容量などの特徴を生かし、基地局にサーバを置いてAIを活用した画像解析などを行うエッジコンピューティングの活用が目立ってきた。「NerveNet」では、さらに進んだエッジコンピューティングの活用技術の構築を目指している。すなわち、基地局から切り離された端末同士がネットワークを構成して、エッジコンピューティングを実現する。例えば、個々の自動車にサーバ機能を持たせ、基地局にアクセスすることなく周辺の自動車や携帯端末が自律的にネットワークを組んでさまざまな制御や判断を行わせる「自己産出型エッジクラウド基盤」と呼んでいる技術の実現だ(図5)。

「こうした技術が将来のビヨンド5Gや6Gにも採用されることで、今よりもさらにレジリエントな(柔軟性のある)ネットワークインフラが実現できないかと考えています」(大和田)。

(図5)レジリエントICT研究センターの研究組織と研究内容(資料提供:NICT)
(図5)レジリエントICT研究センターの研究組織と研究内容
(資料提供:NICT)

こうした技術の実現で、将来モバイルネットワークの活用範囲がさらに多岐に広がっていくことに期待したい。

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