自ら環境に適応する自律分散型ロボットとは
- 東京大学 国際高等研究所 東京カレッジ
- 特任教授 / 東京大学名誉教授
- 淺間 一
東京大学 東京カレッジ 特任教授 / 東京大学名誉教授の淺間 一(あさま はじめ)氏は、高齢化や、安全・安心な社会の実現といった社会的問題を解決し、新たな社会的価値を創造するためのロボティクスに関する研究・教育を行っている。同氏は、ロボット同士がコミュニケーションし、チームを作って行動する、適応性の高い自律分散型ロボットの実現を目指している。それでは、自律分散型ロボットとはどのようなロボットで、どのような特徴があるのか、浅間教授に聞いた。

東京大学 国際高等研究所 東京カレッジ 特任教授 / 東京大学名誉教授 淺間 一氏
──淺間教授は、現在、どのような研究をされているのでしょうか?
淺間氏:私はロボティクスでも、自律分散型ロボットという、昆虫のようにたくさんのロボットが協調するシステムを研究しています。自律分散型ロボットシステムは、自律している個体がたくさんいて、それが分散して存在し、協調しながら作業するシステムです。人間型ロボットは、高機能化していってもできることは限られているので、もうちょっと単純なロボットにして協調させた方が、限定されていない環境で使える適応的な機能を持つのではないかということから、1986年頃から研究を始めました。
また、移動知という、動物や昆虫がどういうメカニズムで環境やタスクに応じて行動しているのかを理解する研究を2005年頃から始めました。
人間は、例えば歩くときにどのように適応的に歩くのかを脳の回路から解明したり、昆虫はどういった脳を持っていて、どのようにコミュニケーションしながら協調しているのか、働きアリと兵隊アリはどう分担して、全体システムの調和が維持されているのか、そういった研究をしています。
──自律分散型ロボットシステムとは、どのようなものでしょうか?
淺間氏:今のロボットの最大の問題は、環境が変わったら動けないことです。工場の中は環境を整えているのでロボットは動くことができます。「ここにパーツが来るから掴みなさい」というと、ビジョン(ロボットに目となるカメラを持たせ、見て認識させて、作業するシステム)で、少しぐらいずれても掴めますが、それが想定外のずれになると掴めないわけです。
歩行ロボットも、この道路はこれくらいの摩擦係数だから、これくらいの歩行をすれば歩けるということが決まるわけですが、アスファルトが鉄板になったり、雨が降ったりすると歩けなくなります。それが、今のロボット技術です。そのため、適応という機能をロボットに持たせる研究をやっています。これまでのロボットの適応性はまだ十分ではありません。私は、根本的に異なる考え方で適応性を上げようと考えています。それが自律分散というコンセプトです。
──ロボットを協調させるというのは、どういうことですか?
淺間氏:基本的に2つの協調があります。1つはそれぞれが目的を持って動いているときに邪魔しない協調と、一台ではできないことを助け合って行う協調です。この2つの協調というものをどのように実現するかが問題で、この作業は自分で処理できないと判断したら助けてくれるロボットを探して、チームを作って協調して行うのが一つの特徴です。必要に応じてチームが作られ、終わればまたバラバラに動いていくということをダイナミックに行うシステムです。
例えば、河道閉塞(土石流などで河道が土砂でふさがれること)が起きた時に、土砂を取り除く作業は一台のロボットではできないので、ロボットが他のロボットに「自分はここを掘るが、その土砂を運んでくれるロボットはいないか?」と聞くと、「いいよ」とダンプトラックが答えます。そして、「一台だと足りないので、もう一台ダンプトラックはいないか?」と聞くと、さらに別のダンプトラックが「俺も手伝うよ」と答えるように、ロボット同士が自律的に話し合ってチームができる、そのようなシステムを研究しています。
──自律分散型ロボットのメリットは何でしょうか?
淺間氏:建機の遠隔操作は、大分進んでいますが、100台の建機を動かすためには、オペレーターも100人必要になってきます。それを一人のオペレーターでやろうというのが、自律分散型ロボットです。
基本的にはオペレーターは必要最低限のことしかしないので、あとは可能な限りロボットに自律でやってもらうというコンセプトになっています。
チームを作るためのやりとりもロボットが自律的に行いますが、それには生成AIを使っています。生成AIを使いこなすためには、いろいろなプロンプトを入れないと思うようにコミュニケーションしてくれませんが、その仕組みが徐々に分かってきて、どのように指示すれば上手くロボット間でコミュニケーションしてくれるかが分かるところまで来ています。
──現在、何か具体的な取り組みは行っていますか?
淺間氏:「ムーンショット」という内閣府のプロジェクトで、災害対応ロボットを研究しています。最近では、ドローンが災害現場状況の把握に使えるようになってきましたが、自律分散システムで研究しているのは、多数のロボット、例えば100台の建設ロボットを動かすというものです。バックホーやダンプトラック、ブルドーザーなどの建機をヘリで運べるぐらいまで小型化する研究をしています。小型建設ロボットをたくさんの群で協調させて、災害対応を行う研究をしているところです。
──建設業は人手不足ですが、どのようなところでロボットを活用できるのでしょうか?
淺間氏:決まっている作業については、比較的活用しやすいと思います。ただ、災害現場は非常に多様で、状況もまちまちなので難しいと思いますが、だからこそ、研究する価値があるとも思います。一方で、災害対応ではなく、一般の建設現場で、作業の内容や環境が決まっていたり、環境もある程度限定されたりしているところには、技術を入れやすいと思います。
──今後、産業界でロボットの活用が期待できる分野はありますか?
淺間氏:日本は、製造業が強いので、製造業でロボット技術をもっと活用すべきだと思います。製造業で使われているロボットは、まだごく一部です。加工や溶接、塗装などにはかなり利用されていますが、組み立てや検査は、まだ、ほとんど人がやっている状況です。そのようなところにも、どんどんロボット技術が入っていくことが考えられます。日本は技術力があるので、もっと本腰を入れて取り組む必要があるという気がします。サービス分野も運搬ロボットだけではなく、もっと多様なサービスで日本の技術が活かされるチャンスはあると思います。
そのほか、日本は災害大国で、あらゆる災害が日本にはあります。もっと日本ならではの災害対応ロボットが出てくると、いろいろなところで使われるようになる可能性があります。
──製造業の組み立てや検査で、ロボットを活用できていない理由は何でしょうか?
淺間氏:ロボットは手作業が苦手です。ロボットが得意なのは、移動とセンシングカメラで見ることです。手で何かに力を加えたり、ハンドリングするという研究がいろいろ行われていますが、まだまだできることが限られています。人間の手はすごく器用で、ロボットはこれと同じようなことができないのです。
究極的には適応性を持たせていかないといけないと思います。人間は、それまで見たことのないものでもハンドリングできます。ハンドリングするものを全てデータベース化しておいて、そのデータを活用するというコンセプトだと、実用化は無理ではないかと思います。むしろ適用性を付けて、これまで見たことがないものでもハンドリングできるような知能を構築していかないと難しいと思います。
人間はいろいろなものを掴みながら経験を知識として蓄え、それを使いながら未知のものに応用するという知識の使い方をします。それは今のロボットにはできません。生成AIが出てきたので、少しずつできるようになりつつあると思いますが、今のAIというのは、データを大量に取り込ませてあげないと動かないというのが最大のネックになっています。今のAIではない、別のAIの仕組みができていかないといけないと思います。それは、巨大なデータがなくてもある程度できる仕組みです。現在のAIは、大量のデータから推論することしかできていません。そういった意味で、やれることは限られています。
──これから未来に向けて、どういった研究されようとしているのでしょうか?
淺間氏:ロボット技術は飛躍的に進んでいますが、社会実装していくプロセスをもう少し明らかにして、よりロボットが社会で使われるようにするにはどうしたらよいのかを研究としてやっていこうと思っています。社会実装されない理由としては、技術的にまだ成熟していないため機能的に不十分ということもあれば、使い勝手が悪かったり、安全性に問題がある、コストが高かったりといった実用上の問題もあります。さらに最近は倫理上の問題もあります。このように、社会に普及させる上での阻害要因がいろいろとあるので、製品開発だけではなく、制度作りや保険という方法も必要かもしれません。そのほか、補助金や、社会的な枠組みを作ることによってロボットの普及が進み、日本がロボット産業でより競争力を持てるようになれば良いと思っています。
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