再エネを増やすだけでは足りない―日本のGXの現在地とAIの可能性
- 東京大学生産技術研究所
- エネルギーシステムインテグレーション社会連携研究部門
特任教授 - 荻本 和彦
2050年カーボンニュートラル、GX(グリーントランスフォーメーション)、再生可能エネルギー、AI、防災・レジリエンス。日本のエネルギー政策をめぐっては大きな言葉が掲げられているが、実際に何を指標にし、どこまで進んでいるのかは見えにくい。再エネを増やせばよいのか、蓄電池を置けば解決するのか、AI時代の電力需要に日本はどう向き合うのか。エネルギー政策の現在地と、これから求められる社会システムの変化について、東京大学生産技術研究所エネルギーシステムインテグレーション社会連携研究部門の特任教授 荻本 和彦(おぎもと かずひこ)氏に聞いた。

東京大学生産技術研究所
エネルギーシステムインテグレーション社会連携研究部門 特任教授 荻本 和彦氏
日本のエネルギー政策の現在地
──日本のGXは、今どこまで進んでいるのでしょうか。
荻本氏:それについては、皆さんが何を期待しているかによると思います。多くの日本人にとってGXは、よく分からないけれどやらないといけないもの、という認識なのではないでしょうか。企業にとっても、政府が掲げており、社会からも求められている以上、一定の取り組みは進めなければならない。自社のビジネスにつながればなおよい、という受け止め方が多いように見えます。
政府も国際的な約束があるので目標は立てていますが、本当にどうすればいいのか、何をやればいいのかは模索が続いているように思います。水素、再エネをはじめ、さまざまな技術や施策が並んでいますが、それらが大きな「ごった煮」のようになっている。大きな視点での目指す姿が定量化されていないので、日本のGXがどこまで進んでいるかは非常に答えにくい。GXという旗印の下で政府も企業も団体も動いているけれど、何をもってGXが進んだと言えるのか、定量評価が難しいのです。
本来なら、二酸化炭素をどれだけ削減したのか、どのようなエネルギーを実現したのかを具体的な指標で測る必要があります。しかし、予定された予算が計画通り使われたかは確認しても、本来の目標に対する達成度は測れていないのではないでしょうか。目標がはっきりせず、達成度も測りにくいこと自体が問題だと思います。
──2050年カーボンニュートラルは、現実的なのでしょうか。
荻本氏:その答えも、どのような形でカーボンニュートラルになるのかによって違います。経済活動がどんどん小さくなり、生活レベルや経済成長を犠牲にすれば実現できるかもしれません。しかし、それを犠牲にしないで今と同じ産業構造のまま進めるのは難しい。日本は資源を輸入し、加工して輸出することで成り立ってきました。その構造のまま国内でカーボンニュートラルを実現しようとすれば、製造コストは高くなります。
再エネを国内で増やす方法もありますし、海外で再エネから作った水素を輸入する方法もあります。ただ、日本の再エネは、広大な砂漠で太陽光発電を行う国に比べれば電気の供給原価が高くなる。海外で水素を作って日本に運び、それをエネルギーにして鉄を作るとしても、現地で水素を使って鉄を作る国にコストで勝てないでしょう。つまり、2050年の日本の産業構造が今と同じままであれば、実現は難しいということです。
だからやらないという話ではありません。今の二酸化炭素排出量をいきなりゼロにするのは難しくても、半減ならできるかもしれないし、80%削減なら何とかなるかもしれない。すなわち、できるところを選んで、本当に実装していくことが重要です。いきなり水素社会を目指すのではなく、まず電化できるところから進めるべきです。既存のガスや石油の設備にヒートポンプを組み合わせ、半分を電気にするようなやり方もある。そうした現実的な組み合わせを見つけて、社会全体の効率を上げていくことがGXの現時点での取り組みとして大事だと思います。
再エネ拡大の本当の課題は「使える電気」を増やすこと
──再生可能エネルギーの本当の課題はどこにあるのでしょうか。
荻本氏:もちろん、二酸化炭素削減という目的に照らせば、再生可能エネルギーを増やす方向は間違っていません。ただし、「再エネ100%」という数字そのものを目的化すると、本来の課題を見失うおそれがあります。結局、出てくるのは電気です。もし目的が二酸化炭素を減らすことなら、再エネ導入以外にもやることは山ほどあります。車はガソリンや軽油を使い、産業や農業も化石燃料を使っています。電化することだけを見て再エネだと言う前に、何を実現したいのかを確かめる必要があります。
もちろん、最終的に再生可能エネルギーが増えればよいという方向は間違いありません。ただ、太陽光や風力発電が増えるほど難しくなるのは、需要の形と合わないことです。これまでは火力発電所が、需要が大きい時には発電し、少ない時には止まって調整していました。しかし太陽光発電は日没後には発電できず、風力発電も必要な時に必ずできるわけではありません。
電力の世界では、需要と供給をマッチングする手段として揚水発電があります。水力発電で余った電気を使って上の調整池に水をくみ上げ、電気が足りなくなったら水を落として発電する。一方で再エネが増えると、出力制御も頻繁になります。今は数%程度でも、太陽光や風力発電が2倍に増えれば10%、20%になるかもしれない。その時に、余った電気をすべて蓄電池で吸収すればよい、というのでは電気の供給コストはさらに高くなります。
大事なのは、使える電気を増やすことです。太陽光や風力発電の設置量を増やせば、使える最大の電気は増えます。その結果として余る分が出るのはある程度は仕方ないと考えることも必要です。水力発電でも、洪水の時にはダムのゲートを開けて水を流します。自然エネルギーを100%使い切ろうとすれば、無限に高いダムが必要になる。太陽光や風力発電も同じで、余った電気をすべて使い切らなければならないわけではありません。
蓄電池は一定の役割を果たしますが、昼間に余りそうな電気をきちんと充電してくれる保証はない。導入した蓄電池をどう効果的に使うのか、運用するシステムを確立する必要があります。家庭のヒートポンプ給湯器やEV充電も同じです。今の家庭では夜間料金が安いので夜にお湯を沸かすことが多いですが、実際に電気が余っているのは昼間です。そのため、料金制度や制御の仕組みを変え、1000万台規模の機器を昼間に動かせるかが課題になります。そこに技術が生きてくるはずで、AIが使えそうな領域も大いにあります。
余剰電力の「水素変換」に立ちはだかる貯蔵の壁
──最近では余った電気を水素に変えて、必要な時に電気にする技術も研究されていますが、実現の可能性はどうでしょうか。
荻本氏:まず「どのくらい、何日貯めたいのか」を考える必要があります。そもそも、水素を大量・長期に貯められるかが問題です。日本ではタンク貯蔵が想定されますが、液化天然ガス(LNG)であっても外から熱が入って気化してしまうため、保管は2週間程度が限界です。ましてや水素の液化・再液化にはさらに多くの電気が要り、効率が悪くなります。さらに再液化には電気が要り、効率が悪い。
ヨーロッパは地質が安定し、塩の鉱山など気密性の高い地下空間にガスを貯められますが、日本は地盤が複雑で地下貯蔵には向きません。タンク貯蔵は高価で、圧縮水素は体積が小さくならず危険もあります。液体水素は極低温が必要で、さらに難しくなります。
──貯蔵技術が解決すれば、水素の将来性はありますか。
荻本氏:それでも、「水素そのもの」を大量に、長期間貯めるのは難しい。したがって、水素を貯蔵するのではなく、アンモニアやアルコールなど、水素を含む別の物質に変換して貯蔵・輸送することを貯蔵の期間と量の条件を定めて比較評価すべきだと思います。
AI時代の電力需要とスマート化
──昨今のAIの普及によって、電力需要はどのくらい増えるのでしょうか。
荻本氏:世界的には、クラウドサービス用を超えてAIが学習や推論を行うためにデータセンターが使われ、電力需要が爆発的に増えると言われています。アメリカや欧州では数千万キロワットの需要が増え、これからも同じだけ増えるということが現実に起きています。一方、日本ではその1桁、2桁下のことが起こるかどうかという話だと思います。
その理由は、日本は電気代が高く、条件も悪いので、ハイパースケールの巨大データセンターは設置しにくい。日本にも、AIの学習や推論のためのデータセンターが大量にできるという見方は、ある程度割り引いて考える必要があります。
──データセンター時代の電力不足については、どのように見ていますか。
荻本氏:世界的に、発電所への投資が十分ではないことが問題になっています。ヨーロッパもアメリカも日本も足りない。電力の世界が市場化され、発電所は市場競争を前提にリスクを取って建設してください、マーケットや相対取引で仕事が取れた発電所が勝ちです、という仕組みになりました。以前は電力会社が供給責任を持ち、長い時間をかけて発電所や送配電設備に投資しても、電気料金で回収できました。しかし今は、競争に勝った事業者だけが収益を得られる電源ビジネスになっています。
しかも、火力発電所を持っていても、再エネが入れば仕事がなくなるかもしれません。電力以外の投資機会が増える中で、投資家から見れば発電所に投資する理由が少なくなっている。再生可能エネルギーの大量導入で市場価格が下がり、他の分野に比べて発電所への投資の魅力が少なく、投資が進みにくい問題が世界で起きています。電力市場が、新しい時代にうまく適合できていないと感じています。
──一方で、AIが電力システムを賢くする可能性はありますか。
荻本氏:あります。再エネ、蓄電池、中小規模の発電所が増えると、管理と運転計画、制御がより重要になります。それによって、蓄電池を持つ事業者がどう市場に入札し、取引を成立させ、当日に設備を動かすかが重要になります。そもそも太陽光や風力発電は天気で出力が変わるので、管理はさらに難しくなります。そうしたものを円滑に進める意味でAIが使えます。
ただ、AIだけでは難しい領域もあります。停電を防ぐために、雷が落ちた瞬間に送電線を切るような、100ミリ秒以内、あるいは1秒未満の保護・制御はAI任せというわけにはいきません。瞬時の保護や自動制御にはより高速で確実な動作が保障される仕組みが必要です。AIは、市場の30分単位の前日計画やリアルタイム取引には活躍が期待できます。少し考える余裕があり、複雑なものを使い尽くすために強力な技術だと思います。
災害・人口減少時代の電力システムと分散型エネルギー
──近年、日本ではさまざまな自然災害が激甚化しています。そうした災害に強い電力システムとしては、どのようなものを目指していく必要があるのでしょうか。
荻本氏:立場によって目指す姿が違います。政府など日本全体を見る立場では、台風や地震が来ても多くの人への電力供給が止まらないことが災害に強い電力です。一方で、家一軒や事業所単位で見れば、停電が起きても生活や事業が耐えられることが重要です。全体を強くする話と、個別の需要側が困らないことは違います。
例えば、病院であれば必要な設備が生きていなければならないので、最低必要な分の電源を用意します。昔は軽油で動く非常用ディーゼル発電機を置くのが中心でしたが、今は電池など選択肢が広がっています。家庭の場合は、スマホやテレビ、冷蔵庫の電源だけ確保できればよいと考えることもできます。需要をどこまで削減し、重要なところだけどう供給するかが、家一軒で見た災害に強い電力システムの姿です。
──分散型エネルギーは、日本を救うのでしょうか。
荻本氏:災害の間は救ってくれます。ただし、電気的に切り離れて独立している自立型のエネルギーシステムは、よりコストがかかります。必要な電源や設備を、すべて自分でそろえなければならないからです。お金をかけられる人や組織は目的によって自立システムを維持できるかもしれませんが、誰もができるわけではない。日本では少なくとも、配電線につながって電気を供給できていることが基本だと思います。
一方でアメリカやオーストラリアには、長い配電線の先に家が十軒だけあるような地域があり、そこでは配電線をやめて太陽光発電と蓄電池を提供する方法が成り立つ場合があります。日本では、太陽光発電を置くには空き地が必要で、配電線につながっている方が安上がりなことが多い。一方で人口減少により、地方では配電線を維持するコストが高くなる問題も起きています。
そうなると、電気だけの話ではありません。町から遠い家から引っ越してもらい、一カ所に集まってコミュニティを作り直すという話にもなります。これは人口が減る日本で必ず議論される問題ですが、最も難しい話でもあります。ガソリンスタンドがない地域が増えているように、社会全体がどう分散型になれるのか、あるいは集約していくのか。その組み合わせの中で考える必要があるでしょう。
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