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香り創作技術がUXデザインに革命を起こす:五感を刺激する未来のインタラクション

2025年12月15日
話し手
  • 東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所
    特任教授
  • 中本 高道

香りは私たちの感覚の中でも、特に記憶や感情に強く影響を与える要素だ。人の思いや場面にふさわしい香りを自由に創り出せれば、より豊かなユーザー体験の実現が可能になるだろう。近年は、生成AIを用いた香り創作技術が注目を集めており、香りの再現や新しい香りの創作をより簡単に行える研究が進んでいる。そうした研究に関わる、東京科学大学 特任教授の中本 高道(なかもと たかみち)氏にお話を伺い、香り創作の背景や生成AIの役割、UX分野における可能性について伺った。

(写真1)東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 特任教授 中本 高道氏氏
(写真1)東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 特任教授 中本 高道氏

生成AIに命令して香りを作ってもらう

──先生が関わっている、生成系AIによる香り自動創作システムの概要について教えてください。

中本氏:もともとは、香りを再現する研究を行っていました。香りの再現とは、もとになる香りに対して、それと同等、もしくは非常に近い香りを創り出す技術になります。例えば、色を再現する際にはシアン(青緑色)、マゼンタ(赤紫色)、イエロー(黄色)という三原色を組み合わせるのですが、香りにはそうした基準が確立されていません。そこで、要素臭と呼ばれる香りの成分を使って、その配合比を変えることでさまざまな香りを生成しています。さらに、その延長として香りを創作することを考えました。

──要素臭というのは、どのくらいの種類があるのでしょうか。

中本氏:現在、約200種類弱の香りの中からいくつかの香りを調合して、要素臭を用意しています。香りを再現する際には、対象となる香りに対して質量分析器という測定器を使い、マススペクトル(成分の特徴を示すデータ)を測定します。そのデータをもとに、何種類くらいの要素臭があれば元の香りを再現できるかを判断します。現在、頻繁に使用している要素臭は20種類程度ですが、精度と再現のしやすさのバランスを考えながらいろいろと数を調整しています。

一方で、香りの創作に関する研究では、言語表現から意図した香りを作り出すことを目指しています。従来、香りの創作は複数の香りを混ぜて新しい香りを精製する作業を、調香師と呼ばれる専門家が行っていました。調香師は特別な訓練を積んでいるのですが、それでも香りを精製する作業は非常に複雑なため、それを生成AIを使うことでより簡単に実現できるようにしたいと考えています。最終的には、例えばスマートスピーカーのようなデバイスに欲しい香りの要素やイメージを言葉で伝えれば、嗅覚ディスプレイと呼ばれる機器で創作した香りを提示します。

──具体的に、香り創りで生成AIをどう活用されるのでしょうか。

中本氏:生成AIによる香りの創作には、拡散モデルという手法を使っています。まず、マススペクトルのデータとともに香り記述子を入力して新しいマススペクトルを生成させ、「ウッディ」「スパイシー」「フローラル」など香りの特徴を表す言葉を関連づけました。次に生成AIを使って、例えば「甘い」や「爽やか」といった香りのイメージを表す言葉に対応する香りの、マススペクトルを作りました。それらのデータに基づいて、実際に香りを調合するための精油の種類と、配合割合を数値計算で導き出す仕組みを築きました。

(図1)生成AIを活用した香りの生成(出典:東京科学大学 ホームページ)
(図1)生成AIを活用した香りの生成
(出典:東京科学大学 ホームページ)

香りの特性を生かした新しい分野のコンテンツを開発

──この研究は、どのような分野で役立つのでしょうか。

中本氏:例えば香水以外にも、シャンプーや洗剤、飲料水など、香りが重要になる工業製品が世の中には多々あります。そうした製品の香り付けには、多大なコストと時間をかける必要があるのですが、今はすべての工程を調香師が人手で作業しています。そこを生成AIに任せれば、開発コストや期間が短縮でき、調香師は最終的な仕上げをする際に香りのアクセントを付けるような作業に専念できます。

食品においても、香りは重要です。特に食べ物に関しては、我々が味と思っているものが、実は匂いであったりすることが結構あるんです。口と鼻はつながっているので、食べものを口にしてもその香りがすぐに鼻に伝わり検知されます。ですので、微妙な食品の違いを出す際にも香りに頼ってることが結構多く、その際の香り付けにも生成AIによる香りの創作が役に立ちます。

──先生は香りを使った、新しいコンテンツの研究もされていますね。

中本氏:例えば、香りを射出する嗅覚ディスプレイを使った、新しいコンテンツが期待されています。鼻の粘膜に存在する嗅細胞は直接脳とつながっているので、匂いには記憶を刺激する役割もあります。また、人間が特定の匂いを嗅いだ際に、その匂いに紐づいた過去の記憶や感情が呼び起こされる「プルースト効果」と呼ばれる現象も証明されています。そうした匂いの特性を生かして、例えばパソコンの画面に触れることで、画面の表示に応じた香りが出るゲームを作りました。そのゲームには、高齢者に嗅覚トレーニングを通じて認知機能を向上させるという狙いがあります。

このような、香りを使ったコンテンツに関しては、システム自体を作るクリエーターは世の中に多数いるのですが、現在はまだ素人が自在に香りを準備できる状況にはありません。したがって、生成AIによって専門家でなくても簡単に香りが作れるようになれば、香りに関するさまざまなアイデアが生まれて新たなカテゴリーのコンテンツが誕生すると思っています。

(写真2)東京科学大学のイベントで公開された香りコンテンツのデモ(手前の装置が嗅覚ディスプレイ)(出典:東京科学大学 ホームページ)
(写真2)東京科学大学のイベントで公開された香りコンテンツのデモ(手前の装置が嗅覚ディスプレイ)
(出典:東京科学大学 ホームページ)

危険の感知など新しいユーザー体験を提供するコンテンツの開発も

──高齢者の認知症予防以外にも、香りや匂いを活用したコンテンツを社会課題の解決に役立てるアイデアはありますでしょうか。

中本氏:例えば、ヘッドマウントディスプレイとウェアラブル嗅覚ディスプレイを使った、災害訓練シミュレータが考えられます。VR空間を移動している際に、どこかに焦げ臭い匂いがする場所があれば、それがどこなのかを探し出すゲームです。火災が発生した場合、特に焦げ臭い匂いの発見が初期段階として非常に重要です。炎が見えたり熱を感じたりしたら、逃げ場がなくなって手遅れになる危険性があるからです。したがって、こういったシステムを使って、初期段階の火災に備えることが必要になります。

災害時だけでなく、自然の中にも人間にとって危険なガスが発生している場所や、口にしてはいけない食べものなどを識別する際にも、匂いによる判断が必要になります。例えば、火山地帯などは人体に有毒なガスが発生している場所も多く、少しでも変わった匂いがしたらすぐにその場所を離れないといけません。そういう危険な匂いを事前に体験させる場合にも、生成AIによって安全な環境で匂いを生成する技術が有効でしょう。

──生成系AIによる香り自動創作システムの活用は、香りを選んで映像に合わせて匂いが出てくるTVの実現など、これまでになかった感性に訴えるUIやUXの実現にも期待できますね。

中本氏:香りの遠隔伝送に関する基礎実験も、すでに行っています。放送波やインターネットを使って香りに関する信号を送り、受信側の嗅覚ディスプレイで香りを再現させるのですが、TVなどで自在に香りを発生させるには、やはりどんな香りでも無限に発生できるような要素臭の研究開発が重要になってくると思います。

一方で、匂いは音楽や映像よりも、個人の主観が大きく影響する分野です。したがって、UIの分野で活用することを考えるならば、もっと生成AIの精度を上げていく必要があるでしょう。例えば、言葉で「甘い香りが欲しい」と伝えても曖昧性が高く、一度に自分がイメージする香りを作るのは難しいと思います。したがって、「もう少しスパイシーに」とか「ラベンダーのような」など、言葉によるフィードバックを繰り返しながら対話的に香りを創っていく手法を確立することが必要になるでしょう。

──香りの創作は、本当におもしろい技術ですね。特に、人間の本能にもつながっている嗅覚技術の活用には、さまざまな可能性を感じます。

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