人間とAIとロボットが協力し、苦役のない世界をつくる−ロボット工学研究者が考えるフィジカルAIのリアル−
- 株式会社人機一体
- 代表取締役社長
- 金岡 博士
フィジカルAIへの期待が高まる一方で、現実の物理作業を担うロボットには、いまだ多くの課題が残されている。現状、フィジカルAIについてはAIの視点で語られることが多いが、ロボット制御の視点で見ればフィジカルAIの社会実装にはどのような課題があるのか。ロボット工学研究者出身で、「汎用人型重機」という新たなロボット産業の概念を切り拓いてきた、株式会社人機一体の代表取締役社長の金岡博士(かなおか はかせ)に、フィジカルAIの可能性と展望について伺った。

株式会社人機一体 代表取締役社長 金岡 博士
人機一体が目指す、汎用ロボットによる苦役の代替
──人機一体が開発している、ロボットの概要について教えてください。
金岡:人機一体は、私がもともとロボットの研究をしていた立命館大学からスピンアウトした、大学発スタートアップです。本社は立命館大学のびわこ・くさつキャンパスの近く、滋賀県草津市にあり、我々は「秘密基地人機一体」と呼んでいます。福島県南相馬市にも「人機一体福島基地」という拠点があり、近くにある福島ロボットテストフィールドも活用しながら開発を行っています。
福島に拠点を置くきっかけとなったのは、東日本大震災でした。福島第一原発の事故対応では、被曝すると分かっていながら人が行かざるを得なかった。本来ならロボットが行けたはずなのに、初期対応時点では現場に投入できるロボットはありませんでした。あれから15年以上経って、今はもう大丈夫かというと、これだけフィジカルAIだと言われていても、同じようなことが起こったときにロボットだけで対応できる状況にはなっていません。
だからこそ、ロボットを研究開発段階のものにとどめるのではなく、製品として世の中に実装していく必要があります。すでに、社会には建設重機が製品として数多く存在し、運用体制も整っています。その同じ建設重機が、有事には災害対応・災害復興にも活用できる。ロボットも同じように、有事で使いたいなら平時からインフラとして当たり前に使われる状況を作らなければならない。そのために、民間企業としてスタートアップを立ち上げました。
我々が目指しているのは、人間のフィジカルな「苦役」を汎用的に代替するロボットです。そもそも、有事の災害対応だけでは市場が狭く、製品として維持することも難しい。だからこそ、平時から広い用途で使われる汎用ロボットが必要です。人間の創意工夫でいろいろな用途に使えるものこそ、本来のロボットだと思っています。

(図1)JR西日本と日本信号、人機一体が共同開発した、鉄道設備メンテナンスロボットPoC試作機「零式人機 ver.2.0」
ロボット制御におけるAIの可能性
──ロボットとAIの融合について、金岡さんは、どのように捉えていますか。
金岡:もちろん、AI技術をロボット制御に利用しない手はありません。ただ、それだけあれば全部できるかというと、決してそんなことはない。我々の目的は、あくまで汎用物理作業プラットフォームをきちんと構築し、効率よくすべての苦役をなくすことです。AIが発達すれば、このプラットフォームを構成する重要な一要素になると考えています。
ロボットを制御するうえで鍵となる考え方は、物理世界と抽象世界をどうつなぐかです。現実の物理世界には物理的実体があり、力学に支配されています。一方で、人間は数学を使って抽象世界を扱えます。これまで、抽象世界の成果を現実世界に反映させるには、肉体を使うか、あるいは機械を使った間接的な方法しかありませんでしたが、ロボット制御工学技術によって、我々は抽象世界と現実世界を直接つなぐ手段を獲得できます。すなわち、抽象世界と現実世界の境界にセンサとアクチュエータを置き、抽象世界の中でロボット制御技術でセンサとアクチュエータを適切に繋ぐことで、我々は、抽象世界の成果を使って現実世界に干渉できるようになります。これが、ロボット制御の本質です。
我々の観点からすると、ロボット制御工学技術は、抽象世界と現実世界の境界に立って、間を翻訳する「準物理層」のような位置付けになるのではないかと思っています。直接つなぐと扱いが難しいものを、準物理層が入ることで扱いやすくする。準物理層とは、実際には抽象世界のソフトウェアですが、上位から見るとまるで現実世界のハードウェアの一部のように見える層です。この準物理層をどううまく扱うかが、今後は重要になると考えます。そして、この抽象世界の「上位」に存在するのが、人間の意思とAIという位置付けです。

(図2)物理世界と抽象世界をつなぐ「準物理層」
──人機一体の技術は、その中でどのような役割を果たすのでしょうか。
金岡:我々のコア技術は、「力制御・トルク制御」と「パワー増幅バイラテラル制御」です。力制御・トルク制御技術は、力を操る技術です。これまでの産業用ロボットは、位置や速度をコントロールすることで正確に動いてきました。しかしそこには、対象物との相互作用が入っていません。何かに当たる、衝突する、物を持つといった動作は、既存の産業用ロボットが苦手としてきたところです。
人間が何かを操るときには、必ず力情報をセンシングして理解しているはずです。もし力情報がなくなれば、作業は非常に難しくなります。AIを使って一見うまくできているように見えても、力情報がなければ作業は極端に難しくなるし、力を操れないロボットでは器用な作業はできません。その力を操る技術を、我々は持っています。
もう一つのパワー増幅バイラテラル制御技術は、人間がロボットを思いどおりに操る技術です。人間が加えた力がロボットを動かす力になり、ロボットが感じた力も人間に返ってくる。電気的にしかつながっていないのに、まるで機械的につながっているような感覚で作業できます。大きな力を出すロボットを、人間が自分の体の延長のように直感的に操るための技術です。
ここで重要なのは、人間がリアルタイムのループの中に入っているということです。言葉では表現しきれない非言語的な指示を、物理のままロボットに伝える。何かにぶつかったとき、それを押し返すのか、止めるのか、引くのかは、その瞬間の感覚に応じて判断されます。これは事前にすべてプログラムしておくものではなく、人間が状況を感じながら逐次指示するものです。AIが入ってきても、この構造の重要性は変わらないと思っています。
フィジカルAIが拓く、人間とAIとロボットの協働
──フィジカルAIの展望については、どのように考えているのでしょうか。
金岡:現状、フィジカルAIによるロボット制御を考えるにあたっては、AIの部分に注目する人は多くても、フィジカルのところに目を向ける人はあまりいません。すなわち、「AIに適したフィジカルを作りましょう」と言っている人が少ないのです。人機一体がやっているのは、まさにそこです。

(図3)フィジカルAIにおけるフィジカルの重要性
我々は、単なるAIの付属品としてのロボットではなく、人間が操作してもAIが操作しても、あらゆる物理作業をきちんとこなせる頑健な物理システムとしてのロボットを作りたいと思っています。そのためには、ロボットという物理層と、力学ベースのロボット制御則によって構築され、AIも加わり得る準物理層を組み合わせたシステムが必要です。我々はこれを「Augmented Physicality(拡張身体):AP」と呼んでいます。
人間にとって操作しやすいシステムであれば、AIにとっても操作しやすいシステムになっているはずです。人間が操作するからよい、AIが操作するからよい、という話ではありません。人間が操作しようがAIが操作しようが、ロボット制御工学を駆使してうまく準物理層をデザインし、人間の意図を反映しやすいシステムを作ることが重要です。その拡張身体が、汎用物理作業プラットフォームになり得ると考えています。

(図4)物理層と準物理層を組み合わせた「Augmented Physicality(拡張身体):AP」
──人間がロボットを操作し、そのデータをAIに学ばせていくということでしょうか。
金岡:それも正しいと思いますが、我々が重視しているのは、単純に一方通行でAIに教えることではありません。人間がやったことが満点だとも思っていないし、それを単にコピーすればいいとも思っていません。大事なのはインタラクションです。ロボットがあり、それを人間が操り、そこにAIが何らかのサポートをしてくれることで、人間とロボットとAIとが組み合わさって初めてできるスキルがあると思っています。
人間が作業する中に、シームレスにAIが入ってきて、少しずつサポートしてくれる。そのサポートによって、人間は別のところにスキルを使えるようになるし、人間のスキル自体も変わっていくはずです。それも含めてAIが学習し、人間も学習し、ロボットも更新していく。人間とAIとロボットがそれぞれを更新し合いながら、システムとしてよりよいものになっていく場を作ることが、我々にとってのプラットフォームです。
──AIが進化すると人間がいなくなる、という見方もあります。
金岡:AIに飲まれてしまう人も出てくるでしょうが、それは技術の発展の中で歴史的に繰り返されてきたことだと思います。我々からすると、AIは人間にとって道具であることは変わりません。重要なのは、その道具をいかにうまく使いこなすかであって、これまでと同じことだと思っています。
自動車にしてもコンピュータにしても、インターネットにしても、それを活用することで、それ以前にはできなかったことができるようになりました。将来を見据えると、AI以前とAI以後でも違うでしょうし、人型ロボット以前と以後もまた違うはずです。その中で、人間がこの道具をうまく使いこなす可能性を、私はとてもポジティブに捉えています。
準物理層が入ることで、ロボットは人間にとって、もっと分かりやすいものになり、頭脳ではなく身体の一部として使えるようになります。物理的な身体の延長として使えるようになるので、人間が身体スキルを生かしてさまざまな作業をしていくのは自然なことですし、フィジカルAIが人間の代わりに、あるいは人間と協力しながらこれを操るのも自然なことです。人間とAIがバディになり、それぞれ得意なところで役割分担をしながら拡張身体を操る。それが、我々が目指す汎用物理作業プラットフォームの姿なのです。

(図5)人機一体が目指す「汎用物理作業プラットフォーム」
(金岡博士の要望で、敬称を省略しています。)
ミライト・ワンのソリューションに関するご質問、ご相談など
ございましたらお気軽にお問い合わせください。
最新の特集
スマートインフラ
