これからは誰もがデジタル社会の主役になる

2025年5月31日(2025年6月9日公開)
話し手
  • 東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻
  • 教授
  • 森川 博之

日本においても、大企業から中小企業までさまざまな会社で、デジタルを取り入れた業務効率化が進み始めている。そして、DX(デジタル・トランスフォーメーション)は私たちの日常生活においても、いろいろな課題解決の場面で起こりつつある。そうした中、人はどう変わっていくのか、デジタル人材をどう育てていけば良いのかなどについて、デジタルテクノロジーのエキスパートである東京大学 大学院工学系研究科教授の森川博之(もりかわ ひろゆき)氏にお話しを伺った。

東京大学 大学院工学系研究科教授 森川博之氏
東京大学 大学院工学系研究科教授 森川博之氏

すべての人がデジタル社会の主役に

──最近は色々な分野でデジタルが導入され始めていますが、私たちの身近な所でデジタルが活用されている事例を教えてください。

森川氏:例えば、古紙の回収に、デジタルを活用している事例があります。回収箱に重量センサーと通信デバイス、SIMカードを組み込み、リアルタイムでデータ送信することで、資源を適切なタイミングで回収できるようになるのです。これによって、定期巡回に比べて回収コストが削減されるのですが、そこまでならよくあるIoTシステムの活用で終わっていたでしょう。

そこに、スーパーマーケットというステークホルダーが取り込まれている事例が、四国にあります。スーパーの駐車場にIoTの古紙回収ボックスを設置しているのですが、買い物客などが古紙を入れると、重量に応じてそのスーパーで使えるポイントがもらえます。ポイントは、古紙回収事業者が定期巡回を無くしたことで削減されたコストの一部をフィードバックしており、利用者とスーパー、古紙回収事業者の三者がウィンウィンの関係を築いています。

これは立派なイノベーションだと思っています。仕組み自体は簡単で、IoTを活用するという技術主導ではなく、どうすれば利用者が増えるか、本当に使えるものになるのかを考えた結果、ポイント取得という付加価値が考えられました。店舗業務と古紙回収の流れなどを把握している現場の人が、デジタルを知って初めて思い付いた成果と言えるでしょう。

──そこに、デジタルの本質があるということですね。

森川氏:重要なのは、デジタルって皆さんが主役だということです。一人一人が、ちょっとした身の周りのことに気がつくと、そこから、「これはこうしたらよいのでないか」となっていく。そもそも、デジタルをテクノロジーから考えてしまうことが問題なのです。この技術はどこに使えるのかとか、技術を知らないとデジタルができないと思ってしまう。しかし、テクノロジーとは結局はツールなので、必要だったら使えばよいと考えています。

「これは問題だよね」「こうした方がよいのではないか」というのがあって、そこにデジタルが使えたと考えていただくのがよいと思っています。一方で、自治体や経済同友会などに呼ばれて講演をすると、「デジタルについてどれくらい勉強すればよいですか」という質問をよく受けます。その時には「1時間あれば十分ですよ」と答えています。そのくらいの時間の中で、色々な技術が何のためにあるのか、どう利用すればよいのかということだけを学べばよいでしょう。

もともと、デジタル人材という言葉がよくないと思っていて、深層学習の勉強をしたとか統計学のバックグラウンドがあるとか、そういう人たちを思い浮かべてしまう。そうすると、「私たちには関係無いね」となるでしょう。そうではなく、私たち全員がデジタル社会の主役になり、技術的なことは必要に応じて専門家に聞けばよいのです。

パーツを組み合わせることで価値が生まれる

──デジタルの使い方だけが分かれば、自分たちで考えて別の価値が生まれてくることもありますね。

森川氏:森川 そういった価値はコンピューターゲームの「テトリス」のように、パーツをくるくると回転させてくっつける所から生まれると思っています。そのような考え方は、昭和の時代にはありませんでした。なぜかというと、昭和の時代は技術の性能がまだまだ低く、性能を上げていくだけで価値が生まれたのです。よい技術を作ればそれがビジネスになるので、何も考えることもなかった。しかし、諸先輩方のたゆまぬ努力により、ある程度の性能は得られるようになりました。技術だけで「売り込む」ことは従来に比べて難しくなっています。 だから、テトリスのように技術というパーツを組み合わせる時代になった。GAFAMにしても、例えばマイクロソフトはOpen AIと組んでオフィスアプリとAIを組み合わせたし、AndroidやiPhoneなどのスマートフォンもほとんどの技術を外から持ってきて組み合わせ、大きな価値を生み出しています。

──パーツの性能はどんどん上がっていったのに、日本人は組み合わせることが苦手なのですね。

森川氏:そうです。そこが、昔と今とで大きく変わりました。それは、経済が無形資産化しているからです。昔は機械など目に見える有形資産が重要だったので、例えば、工場に最先端装置を入れたりすると、その工場でしか使えないので独り占めできました。それが、知的財産などの無形資産になると模倣できるので、世界中で真似ができてしまいます。

この30年くらいで、このような無形資産型の経済にシフトしてきたことが、大きな影響を与えています。だからこそ、全世界から資産を目利きして、よいものがあったらテトリスのように組み合わせて価値を創造する社会になってきたと感じています。

人と人を組み合わせることからも新しい価値が生まれるのですが、どうやって組み合わせるかが難しい。例えば、アメリカの元トップセールスマンの著書で、20ヵ国以上で翻訳されているベストセラー『あたえる人があたえられる』では、「ビジネスで成功するためには、まず与えなさい」と書かれています。一緒にやるということは双方にメリットがあるということなので、こちらから先に価値を与えると、そのパーツが回転してくっついてくるのです。

無駄を省いてきたことが逆効果になった

──私たちの身近にも、組み合わせで新しい価値が生まれそうなものはありますか。

森川氏:色々と考えられます。例えば、皆さんの家に設置されているスマートメーターは、全国に約8000万台あります。これは立派なビッグデータであり、自治体は災害が起きた時に、その家にまだ人が取り残されているのかどうかを、スマートメーターのデータから知ることができます。このデータを民間企業も使えるようになったら、色々なビジネスが生まれるでしょう。

例えば最初に思いつくのは高齢者の見守りですが、誰がお金を払うのかが見えてきません。そこで、中部電力ミライズコネクトが、家賃債務保障サービスと組み合わせることを提案しました。その背景には、高齢者への賃貸物件の貸し渋りがあります。高齢者が孤独死して発見が1ヵ月遅れると、事故物件になって価値が下がります。そこで、賃貸物件に設置されたスマートメーターから電力消費データを取得し、入居者の電気の使用状況に異変を検知した際には、本人や家族、不動産管理会社などに安否確認を行うというサービスです。高齢者がこのサービスに入れば、賃貸物件が借りやすくなるのです。

──そういうことに気づける人は、どうすれば出てくるのでしょうか。

森川氏:重要なことは、多様性を持った人たちが集まることです。多様性にも性別や年齢、国籍などが異なるデモグラフィ型ダイバーシティと、バックグラウンドが違う人が集まるタスク型ダイバーシティがあり、後者を積極的に進める必要があります。例えば、技術者の中に主婦や高齢者が加わって議論するのです。とはいえ、居心地がよい仲良しグループになるのではなく、各人の個性が違ってまとまりにくいけれど、そこから新しい気づきの種が生まれてくる場所になるとよいでしょう。

ところが、日本はこの20年間くらいでそういう無駄をそぎ落としてきました。これがよくないと思っていて、特に技術者には交際費を使うという概念がありません。「そんなお金があったら、開発費に回してくれ」となります。そこで、会社として積極的に技術者に交際費を与え、外に出ることが好きな人にはどんどん人に会ってもらう。そして、「誰々と会ってこのような議論をした」ということを報告させればよい。

──そういった取り組みから成果を得るには、どういうことが重要になるでしょうか。

森川氏:私は、プロジェクトの進捗状況などを定量的に評価・分析する指標となる、KPIは意味がないと思っていました。ですが、これだったらよいと思ったのが、KPIを頻繁に変えることです。どんな新規プロジェクトでも、通常は1、2ヵ月くらいやれば何らかの気づきがあるでしょう。その時点でどんどんKPIを変えていく。それで上手く回るようになればよいし、駄目だったらなぜ失敗したのかを全社で共有する。これが、次の成功に結び付く秘訣です。

例えば、色々な講演で紹介しているのが、スペースXがスターシップの打ち上げを失敗した際のビデオです。それを見ると、失敗したのに、みんな歓声を上げている。なぜ失敗したのかを分析して、次に期待しましょうと。 また、トーマス・エジソンの言葉もいつも紹介していて、「俺は失敗したことがない。1万個うまくいかない方法を見つけただけだ」と。だから失敗ではない。上手くいかないのには上手くいかない理由があるはずで、それを隠していたら駄目です。

大企業が生き残っていくことも重要

──多様な人が集まって、色々な気づきを見つけていくことが大切なのですね。

森川氏:そうなのですが、未来の社会については誰にも分かりません。先日、旧築地市場跡地の再開発について議論したのですが、私自身はドローンやロボットなどが活躍している未来の姿を思い浮かべていました。ですが、ある企業の方が「2040年になったら、暑いから人は屋外にいられないのではないか」とおっしゃって、たしかにその可能性もあるかもしれないと思いました。

そこも昭和の頃との大きな違いで、もうロードマップを引くこと自体が無意味であることを認識した方がよいと思っています。結局、現状のAIにしても過去の記録や知識を整理しているだけなので、これからどうなるかを予測することは難しいでしょう。未来のことも技術目線で考えるのではなく、色々なことを考えながら一歩一歩進んでいくことが必要です。そこでは、一人一人が主役だという意識を持ってもらいたいのです。そういう気づきを持つようになることが、デジタルスキルを上げることにつながっていくでしょう。

──今後は企業のあり方も、変わってきそうですね。

森川氏:私が会長を務める情報通信ネットワーク産業協会の昨年の賀詞交換会の挨拶で、「変わらないために変わり続けることが大切です」というと、多くの共感が得られました。それを裏付けるような記事も、ハーバード・ビジネス・レビューに載っています。それは、1995年のフォーチュン500と2020年のフォーチュン500を比較した記事ですが、実は1995年には存在していなくて2020年にリスト入りしている会社は十数社しかなかったという内容でした。1995年頃はこれから破壊的なイノベーションが起きて、大企業はどんどん潰れていくと言っていたのに、ほとんど生き残っています。

時代が変わるから変わり続けるのだけれど、人は変われ変われと言われると疲弊する。だから、「変わらないために変わり続ける」というと、現場の人にも納得感があるのです。そういう組織は生き残れる感じがします。一方で、今、政府はやたらとスタートアップに力を入れたいと言っていますが、大企業が長い年月生き残るにはどうすればよいのかも、国として考えるべきではないでしょうか。

──そのためには、私たちも考え方を変えていく必要があるのですね。

森川氏:今から150年くらい前に、電気が発明されました。すると、街にはすぐに電灯が広がっていきましたが、工場はなかなか電化されず、長いこと蒸気機関のままでした。その理由は、人の問題です。それまでは、工場の真ん中に大きな蒸気機関があって、その周りに機械が配置されていたのですが、電気で動く機械を入れると機械が分散配置になるので人の働き方が変わる。だから、工場の労働者が猛反対しました。

結局デジタルもそうで、今までの仕事のやり方を変えたくないので、使いたくないという人がたくさんいます。だから、人を動かすというところも重要です。私は人を動かすことには向いていないのですが、世の中にはそれが得意な人もいるので、そういった人たちに任せることも必要になるでしょう。

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